これ以上ないほど最悪――パキスタンの船舶解撤
2016-12-28
危険と搾取が特徴のパキスタン船舶解撤産業では、絶望的な状況に追い込まれた労働者ばかりが命を危険にさらして働いている。
バーブル・カーンは失意のどん底で、自宅である2軒の小さな小屋の前に座っている。2016年11月1日、息子のグラーム・ハイダー(18歳)とアラーム・カーン(32歳)がパキスタンのガダニ船舶解撤場で石油タンカーの解体を手伝っていたとき、大爆発が起こって船がバラバラに吹き飛ばされた。猛烈な火の手が広がり、タンカーは2日間で全焼した。
アラームと弟のグラームは、船のタンクの1つからバケツで石油を汲み出していたときに爆発に巻き込まれた。アラームは全身やけどで病院に担ぎ込まれ、苦痛に満ちた最後の数時間に、自分と同僚たちを海から救い出してくれた漁師に感謝した。弟のグラームは船内で焼死した。
「息子たちを亡くして、両腕を骨折したような気がする」とカーンは言う。グラームと男の子が1人いるアラームは、ガダニ・モール村に住む7人家族を2人で養っていた。
18歳のヌール・ブクスも同じ村出身の労働者だったが、この石油タンカー火災で死亡した。彼は10人家族を養う唯一の稼ぎ手だった。母親のザルーは息子の写真入りの身分証明書を見て泣く。「怒りを感じ、打ちのめされている。とても苦しいのに、誰も助けてくれない」
公式統計によると、世界第3位の船舶解撤場ガダニでの火災による死者は28人に達した。4人が行方不明で、負傷者は40人を超えているが、事故発生時に船内に何人の労働者がいたか正確に知る者はいない。
24歳のシャーダデは爆発の前夜、他の労働者とともに故郷の村からガダニ船舶解撤場へ働きに出た。家族は午前中に火災の知らせを聞いて現場に駆けつけたが、彼を見つけることができなかった。4都市の病院を探し、現地の死体置場を歩き回り、他の労働者に聞いてみたが、行方は分からずじまいだった。
「私たちは怒っている。政府は息子の居場所を探す手助けをすべきであり、少なくとも遺体は見つけなければならない。遺体が見つかるまでは、息子が死んだなんて信じない」と母親のアラー・ディーニは言う。
最低最悪
世界一危険とみなされる産業にあって、ガダニ船舶解撤場は最悪中の最悪である。この現場では約1万2,000人が雇用されているが、登録労働者は1人もいない。規模が大きいにもかかわらず、ガダニには労働者の宿舎もない。多くの労働者が、船舶から回収された廃材で造った間に合わせの小屋に住んでいる。トイレも洗面設備もないため、外で用を足し、屋外で風呂に入らなければならない。子どものいる労働者も多いが、学校はない。水道水がないので、労働者は遠くからやってくるタンカーから水を買うために、薄給の大部分を費やしている。買わない場合は井戸の汚染水を使っており、そのために病気になっている。
60歳のナシーブ・グルは2009年からこの船舶解撤場で日雇い労働者として働いているが、ガダニの公式記録に載っていない。働くときの給料は、週6日・1日8時間労働で750パキスタン・ルピー(7米ドル)である。
グルはガダニ船舶解撤労組の組合員で、同労組はパキスタン全国労働組合連盟(NTUF)を通してインダストリオール・グローバルユニオンに加盟している。労働者は安全設備を与えられておらず、仕事用の服や靴、ヘルメットを自費で買わなければならない。「これは非常に危険な仕事で、私たちはリスクを伴う作業に十分見合う対価を受け取っていない。雇用保障も安全もなく、労働条件は劣悪だ」と彼は言う。
グルによると、船舶解撤労働者は船での作業方法に関する訓練を受けておらず、燃料やガスを抜くといった船舶解撤プロセスの実施方法も説明されていない。
船舶解撤ブーム
造船と違って船舶解撤産業は活況に沸いており、25年後には3倍の規模になると予想される。しかし、現在世界の鉄鋼価格が非常に安いため、船主やブローカー、解撤業者は船舶から最大限の収益を得るために、最も安い労働力を使って最も安い現場で船を解体しようとしている。労働者の安全衛生や、危険なリサイクル慣行に起因する環境汚染は、考慮されていない。
限られた安全設備と不十分な訓練に加えて、船舶解撤場の労働者は船舶解体時に数々のリスクにさらされている。例えば、アスベストなどの有毒物質への曝露、感電、火傷、船からの落下、巨大な鋼板の下敷きなどである。
ガダニで働こうという労働者の大多数がパキスタンの最貧困地域の出身であることは、偶然の一致ではない。
ガダニ船舶解撤場は、この火災後1カ月にわたって閉鎖された。すでに再開しているが、労働条件は改善していない。パキスタン政府当局はまだ事故の初期調査の結果を公表していないが、労働者によると、油を抜く前にすでに船上で溶接が始まっており、それが大爆発を引き起こしたという。
NTUFは、調査結果を公表して責任を問うよう要求している。NTUFはパキスタン政府に対し、船舶の安全かつ環境上適正な再生利用のための香港国際条約の批准と、国際ガイドラインを満たす船舶解撤関連法の実施を求めている。
「奴隷状態」
解撤場の条件を改善しようとする民主的労働組合の試みは、長年にわたって絶えず抵抗に遭ってきた。不可解な理由で登録を取り消されたり、組合役員が解雇されたりすることが多い。ナシル・マンスールNTUF書記次長の話では、船舶解撤場所有者と請負業者は代わりに偽装労働組合を当局に登録し、ガダニ船舶解撤場で労働者を搾取し続けられるようにしている。
「労働者は毎月この組合に強制的に出資させられ、奴隷状態に置かれていた。労働者は安全な労働条件、適正な賃金、社会保障、年金、住居、安全設備、民主的組合を結成する権利など、すべての権利を奪われており、これはパキスタンの労働法に完全に違反している」
補償
政府は亡くなった労働者の遺族1世帯当たり50万パキスタン・ルピー(4,700米ドル)の補償を承認し、船舶解撤所有者協会は、さらに1世帯当たり130万パキスタン・ルピー(1万2,300米ドル)を支払うと発表した。NTUFは倍額を要求しており、負傷した労働者に1人当たり50万パキスタン・ルピー(4,700米ドル)の補償金を支払うよう求めている。
松崎寛インダストリオール造船・船舶解撤担当部長は言う。「パキスタン当局が国内の船舶解撤場の惨状に気づくまでに、何人の労働者が死ななければならないのだろうか。政府と船舶解撤産業全体は、これらの労働者の安全と尊厳を歯牙にもかけていない。パキスタンは、船舶解撤場の安全と検査を改善するために緊急に行動しなければならない。私たちはパキスタン政府に対し、出発点として香港条約を批准するよう促す」
18歳のミール・ハサン・ガダニは、石油タンカーの爆発で船から吹き飛ばされ、両腕に大火傷を負った。しかし、再び命を危険にさらそうとしている。
「ほかに選択肢がないので、また働くつもりだ。読み書きができず、別の仕事を見つけることができないから、危険だけど戻るしかない」