1 はじめに
2004年4月から2005年9月までの1年半、在ベトナム日本国大使館に勤務中であるが、労働法を専門としている者として、ベトナムの労働組合は大いに興味を感じる存在である。
ベトナムは1986年ドイモイ政策を開始して、1991年の第7回共産党大会で社会主義市場経済化をめざすことを明らかにした。その中で労働組合は労働者の権利や労働条件を向上させる役割や、祖国戦線の有力メンバーである「政治・社会組織」としての役割を担っている。労働組合は社会主義市場経済化の行方を判断する1つの素材であり、日本の組合とは異なる要素を多く持ち、中国の工会(労働組合)との類似点が多いベトナムの労働組合の特徴を見てみよう。
2 組織の特徴
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ベトナム労働組合総同盟を訪問(左2人目が筆者) |
すべての企業は設立後6か月以内に、労働組合を設立する義務がある。その組合は祖国戦線の構成員であるベトナム労働総同盟の最末端組織(基礎労働組合)となる。つまり、ベトナム労働総同盟が唯一の認められた組織であり、それ以外の組織は認められない。さらに基礎労働組合は企業や事業所ごとに設立されているので、企業別組合と言えます。
組合員の範囲であるが、外国人の加入は認められない。管理職が組合員の範囲に入るのは当然であり、社長を除く取締役以下が組合員という所が多い。社長を含めるかどうかは、組合設立の世話をする地方の労働総同盟と企業との話し合いで決まってくる。ということは、企業の構成メンバーのほとんどが組合員ということになる。社会主義国の労働組合の特徴を持っているということになる。
基礎労働組合に支払われる組合費は組合員の賃金の1%と、企業が全労働者に支払う賃金総額の2%から構成されている(2002年の労働法典改正によって、民間企業と外資系企業には2%の支払い義務は免除されている。ただし任意に支払うことは構わない)。企業が組合の経費の一部を負担している。基礎組合は組合員だけでなく、企業の全労働者を代表しているからである。日本では経費援助として禁止されている。
2003年6月段階で組合員数が425万人であり、第1次産業従事者を除いた全労働者数が約1600万人なので、推定組織率は26%ぐらいである。組織の義務づけがあるにもかかわらず、未組織の労働者がかなりいることを示している。
3 活動の特徴
基礎組合はレクレーション活動や企業内での福祉活動を主に実施している。さらに団体交渉によって労働条件を合意して労働協約を締結している。労働協約は労働者集団と企業側との協定であって、基礎組合が話し合いをおこなっても、未組織労働者を含む企業内の全労働者の過半数の同意を得て、労働協約が締結される。組合に加入しない従業員にも労働協約が適用になることを前提としている。これは労働組合の役割として、組合員の代表だけでなく、労使双方の権利や利害の調整をおこなうことを含んでいると、ベトナムでは考えられているからである。
この調整機能を発揮するのが、労使紛争の解決の場合である。個別紛争の場合、当事者の話し合いで解決しない場合、企業と基礎組合によって設置される基礎調停協議会で紛争処理が図られる。その時、基礎組合は争う組合員や従業員の代理としてではなく、企業と争う労働者との調整をおこなうことが期待されている。ところが、集団紛争の場合、基礎調停協議会、さらに省労働仲裁協議会にかけられ、そこで解決しない時、一定の手続きのもとでストライキが認められている。そのストライキは組合員や従業員の利益を守るために実施される。調整機能を持つ組合がその機能を果たせず失敗した時に、組合員や従業員のために組合がストライキを実施するという、奇妙な結果となる。そこで基礎組合はストライキには消極的になっている。これまで700件以上のストライキが報告されているが、ほとんどが違法ストライキなのは、基礎組合が集団紛争における役割にとまどい、ストライキに消極的なのに、組合員の一部による山猫ストや、組合本部の黙認のもとで手続を踏まないでストライキが発生しているためである。基本的に社会主義市場経済化の中での労働組合の位置づけの曖昧さ、つまり組合員・従業員の利益代表と労使の利害調整という2つの役割を担うことに原因がある。これを解決するために労使紛争処理についての法律改正が予定されている。社会主義国の中で、めずらしくストライキ権を認めるベトナムが、どのような解決を図るのか興味深いところである。<ページのトップへ>
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