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2003年闘争ミニ白書

目   次

2003年闘争ミニ白書の発表にあたって

<2003年闘争ミニ白書の主なポイント>
T.この国の「ものづくりのかたち」が問われる2003年闘争
1.雇用形態の多様化とこの国の「ものづくりのかたち」
(1) 雇用形態の多様化と総額人件費抑制、人件費の変動費化
(2) 雇用形態の多様化とものづくり
(3) 勤務形態の多様化が重要
2.不況下における労働分配率の低下
(1) 歴史的低水準にある労働分配率
(2) 棚上げされた生産性基準原理
(3) 時間あたり人件費の国際比較
3.所得環境の改善なしに需要不足を解決できない
(1) 輸出の拡大
(2) 産業インフラの高コスト是正
5.賃金構造維持分の確保が不可欠
6.一時金は安定確保を前提に、業績回復を反映すべき
7.高まる退職金・企業年金の重要性

U.交渉をとりまく経済情勢
1.わが国経済と政労使の使命
2.経済指標の動向
3.平均消費性向が上昇傾向にある個人消費
4.物価の低下幅は縮小傾向
5.危機的な状態が続く雇用情勢
6.金属労協の対総理要請

<資料> 産別の一時金政策
1.電機連合の一時金政策
2.鉄鋼労連の一時金要求政策
2003年闘争ミニ白書の発表にあたって

金属労協は昨年12月、第45回協議委員会において、2003年闘争に臨む金属労協の方針として「2003年闘争の推進」を決定、これに基づいて、JC各産別はそれぞれ取り組みを進めつつあります。
この「2003年闘争ミニ白書」は、12月以降の経済動向、ならびに経営側の反応などを踏まえ、企連・単組における団体交渉に向けた基礎資料として作成したものです。
わが国経済は、2002年前半には緩やかながらいったんは景気回復傾向となりましたが、秋以降、再び景況感の極度の悪化に苛まれています。デフレを解消し、不況の一層の深刻化を回避していくためには、政労使がそれぞれの責任と役割を果たしていくことが不可欠です。
政府としては、デフレの解消と景気回復、雇用のセーフティーネット構築を図るべく、金属労協がこれまで主張してきた大幅な量的金融緩和政策の継続的な実施、多年度税収中立ではなく、今後の行革の成果によって財源を捻出する「行革減税」の実施、雇用保険の抜本的拡充、「コミュニティ・スキルアップ・カレッジ」の全国展開、「美しい日本再生事業団」の創設などに取り組んでいくことが必要です。
個人消費は、2001年度には平均消費性向が大幅に低下してしまいましたが、昨年後半には上昇傾向に転じています。勤労者はもはや節約のしようのないところまで追い詰められているものと判断されますが、一方で、こうした状況下では、所得環境の好転はそのまま消費の回復につながりやすいと判断できます。定期昇給実施をはじめとする賃金構造維持分の着実な確保、一時金の底支えを図るとともに、業績が好調、改善しつつある企業においては、それを反映した一時金の引き上げ、回復を図っていくことが、消費不振打開に向けた労使の使命となっています。
このミニ白書は、実際に団体交渉のための資料づくりにあたられる、企連・単組の書記長あるいは調査部長、賃金対策部長といったみなさまを念頭において作成しています。若干技術的な部分も含まれていますが、ご一読のうえ、それぞれの状況に応じてご活用ください。
今次闘争は、長期安定雇用に裏づけられた高度熟練の技術・技能の蓄積と発揮によって国際競争力の確保を図るのか、あるいは低賃金・低生産性を感受するのか、まさにこの国の「ものづくりのかたち」を問う取り組みとなります。金属産業の健全な発展と、そこに働くわれわれ勤労者の生活基盤の安定をめざし、ともにがんばりましょう。

2003年1月30日  
全日本金属産業労働組合協議会
(IMF−JC)   
事務局長 團 野 久 茂 

<2003年闘争ミニ白書の主なポイント>
1.雇用形態の多様化とこの国の「ものづくりのかたち」

○日本経団連は、多様な価値観がダイナミズムを生むとの名目のもと、雇用形態の多様化を主張している。しかし、その具体的内容は、長期安定雇用は幹部社員のみ、技能職・一般職・専門職はテンポラリー雇用、というものであって、均等待遇の実現に対しても後ろ向きである。
○これは、解雇を容易にし、景気変動などに対処しやすく、人件費の変動費化を図るとともに、正社員をテンポラリー雇用に置き換えることによって、韓国、シンガポール並みの人件費水準への引き下げをめざしているもの、と判断せざるをえない。
○グローバルな競争が激化するなかで、既存の製品をいかに低コストで生産するかという絶対優位の競争においても、最先端の分野、高機能・高品質の製品を開発・生産し、そこに比較優位を確保するという観点からも、高賃金・高生産性の考え方に立って、長期安定雇用に裏づけられた高度熟練の技術・技能の蓄積とその発揮を図ることが、これまで以上に重要となっている。


2.不況下における労働分配率の低下

○経営側は、名目賃金の下方硬直性のために労働分配率が上昇し、企業経営を圧迫していると主張している。しかしながら、長期にわたる不況のなかで、一時金の相当程度の減額などが行われてきており、年収ベース、総額人件費ベースでは、経済の落ち込みや企業業績の悪化を上回る規模で、人件費の水準調整が行われている。
○このため、マクロベースの労働分配率は94年度以降低下し、歴史的低水準となっている。日銀短観で売上高人件費比率を見ても、低下傾向が続いている。名目賃金の下方硬直性、労働分配率の上昇などというのは、年収ベース、総額人件費ベースでみれば、幻想にすぎない。
○日本経団連が用いる労働分配率のデータは、分母に固定資本減耗が含まれておらず、逆に自営業者の産み出した付加価値が含まれているという欠陥がある。付加価値のなかで、勤労者への配分がどうあるべきかを議論するためには、「雇用者1人あたり名目雇用者所得÷就業者1人あたり名目GDP」というデータを用いるべきである。
○日本経団連は生産性基準原理を棚上げしているが、これは生産性基準原理に従うと、2003年度はベア率が0.9%になるということと無縁ではないだろう。ご都合主義もはなはだしいといわざるをえない。
○日本経団連は、わが国の賃金水準は先進諸国のなかでもトップレベル、と主張している。しかしその根拠とするデータは、各国の賃金の定義すら揃えていないずさんなものである。賃金の定義を揃え、法定内外の福利厚生費を含めた労働時間あたりの人件費で比較すれば、先進国のなかで中位にすぎず、トップクラスとはいえない。
○本来、賃金水準の国際比較は、その賃金水準で産み出される付加価値との関係(産出1単位あたりの人件費)で比較されるべきである。今回の経労委報告では、そうした観点に立って、日本の製造業の賃金水準は、ドイツ、イギリスなどに比べ割安となっていることを自ら認めている。
○産出1単位あたりの人件費を金属産業について比較すれば、日本は主要国のなかで際立って割安な状況にある。


3.所得環境の改善なしに需要不足を解決できない

○経営側は、消費需要の喚起が重要と指摘しつつも、その方策は、消費者の所得環境を改善して消費需要を喚起するのではなく、魅力ある新商品や新サービスの開発という、供給面での努力を主張している。
○魅力ある新商品や新サービスの開発は、産業・企業の努力としては当然であるが、そうした企業努力によって、全体としての個人消費の水準が回復するわけではない。魅力的な商品やサービスを供給すれば、その需要は伸びることになるが、所得環境が改善しなければ、そのぶん他の商品やサービスに対する需要が減少するからである。


4.人的投資こそ国際競争力の根源である

○国際競争力については、国全体の競争力と個別製品の競争力の問題とを区別すべきである。個別製品では中国などの追い上げにより、厳しいものもあるが、わが国の輸出は拡大しており、全体としての国際競争力は失われていない。ただし、将来的には懸念材料もあり、人的投資と設備投資に力を注ぎ、次代の発展の礎を構築していかなければならない。
○エネルギーコスト、輸送コストなど産業インフラコストが国際的に見てきわめて高いことにより、個別製品によっては、本来失われなくてよい国際競争力が失われている場合もある。エネルギー、輸送などの分野における参入規制・価格規制を整理・撤廃し、内外価格差是正を図っていくことが重要である。


5.賃金構造維持分の確保が不可欠

○日本経団連は、定期昇給の凍結・見直しも労使の話し合いの対象になりうる、と主張している。しかしながら、定期昇給は現行の賃金制度に従って実施される昇給であり、制度が変更されない限り当然実施されるべきものである。仮に賃金制度の見直しを行う場合には、労使が慎重に話し合いを尽くした上で決定されるべきであり、春闘の時期に拙速に結論を出すことは、労使関係を損なうものといわなければならない。
○定期昇給制度は、年齢の上昇に伴う生計費の増加に対応した制度であり、勤労者生活の安定を図る役割を果たしている。同時に、企業内における職務遂行能力の向上に対応した昇給であり、勤労者のモラール維持の観点からもきわめて重要な制度である。グローバルな市場競争の激化のなかで、勤労者の生活の安定を通じて、能力発揮、企業基盤強化を図ることが不可欠となっている。


6.一時金は安定確保を前提に、業績回復を反映すべき

○一時金は、企業業績を反映した利益の配分という側面と、賃金の一部として勤労者の生活にとって必要不可欠な収入になっているという側面と、ふたつの性格を持っている。
○従って生活の安定という観点から、業績にかかわらず一定の水準、少なくとも4カ月程度が安定的に確保される必要がある。一方、業績が好調な企業、回復しつつある企業については、率先してこれを年収の回復・引き上げというかたちで反映させ、勤労者の消費喚起につなげていくことが必要である。


7.高まる退職金・企業年金の重要性

○少子高齢化が続くなかで、賦課方式を基本とする現行の公的年金制度については、今後、厳しい改革が予想されるところとなっている。政府として行うべき範囲・水準に限定した、セーフティーネットとしての社会保障への再構築は避けられないものと考えられる。
○こうしたなか、高齢者世帯における社会保障への依存度が高まってきており、改革を進めるうえで、大きな障害となる可能性がある。
○年金支給金額を切り下げる方向で改革が進められた場合、勤労者にとって、これを補填するのは退職金や企業年金以外には考えられない。公的年金の給付の圧縮を見据え、長期的な観点から退職金・企業年金の拡充に努めていくことが不可欠である。


8.わが国経済と政労使の使命

○わが国経済は、2001年秋以降の大幅な量的金融緩和の実施と輸出の拡大を受けて、2002年春ごろより、緩やかではあるものの、いったん景気回復傾向を見せていたが、その後、景況感が急速に悪化している。デフレを解消し、不況の一層の深刻化を回避していくためには、政労使がそれぞれの責任と役割を果たしていくことが不可欠である。
○政府としては、金属労協がこれまで主張してきたように、大幅な量的金融緩和政策を継続的に実施し、デフレの解消を図っていかなければならない。実体経済面では、多年度税収中立ではなく、今後の行革の成果によって財源を捻出する「行革減税」の実施、さらに、雇用のセーフティーネット確立のための雇用保険の抜本的拡充、「コミュニティ・スキルアップ・カレッジ」の全国展開、「美しい日本再生事業団」の創設などに取り組んでいくことが必要である。
○民間労使においても、雇用の安定と所得の安定を図り、もって勤労者の生活基盤を確固としたものにしていくことによって、経済全体の安定に寄与していくことが不可欠である。
○雇用の維持・確保を着実に実行するとともに、賃金構造維持分を確保し、一時金のこれ以上の減額を回避して底支えを図ること、企業業績が好調な企業、回復しつつある企業については、率先して賃上げを行い、一時金の回復・引き上げを図ることが不可欠である。
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T.この国の「ものづくりのかたち」が問われる2003年闘争

1.雇用形態の多様化とこの国の「ものづくりのかたち」

(1) 雇用形態の多様化と総額人件費抑制、人件費の変動費化

@ 昨年12月、日本経団連より、旧日経連の「労働問題研究委員会報告」を衣替えした「経営労働政策委員会報告」(以下、経労委)が発表され、2003年の労使交渉に対する経営側の基本方針が明らかとなりました。
今回の経労委報告の最大の特徴は、わが国の雇用構造について、長期安定雇用は幹部社員のみとし、その他の技能職・一般職・専門職については、パート、派遣、契約社員などのテンポラリーな雇用に置き換えていくという、「雇用形態の多様化」「雇用ポートフォリオ」の考え方を、日本経団連全体の戦略的方針として、これまで以上に明確に打ち出したということにあります。(図表1)

雇用形態の多様化、雇用ポートフォリオという考え方自体は、95年に発表された「新時代の日本的経営」と題する報告書以来、旧・日経連が一貫して主張してきたものでありますが、今回の経労委報告は、その全編が雇用形態の多様化の主張で貫かれているといっても過言ではないくらい、徹底したものとなっています。

A 経営側は、雇用形態の多様化を主張する理由として、
○内外環境の激変のなかでわれわれは、「多様な価値観が生むダイナミズムと創造」を実現することによって、わが国の新たな展望を切り拓くことができると考える。(経労委P.3)
○企業も個人も多様な目標をもち、多様な活動を展開することが望まれる。そのダイナミズムこそが新しい経済・社会を創造し、新たな市場・技術や雇用機会を創出するエネルギーの源となる。(経労委P.62)
○精神的な豊かさは、国民個々人がそれぞれの多様な個性を活かし、自分らしく生きることの充実感によって得られる。個人だけでなく企業も多様な目標をもっており、それぞれの多様な活動を展開するエネルギーやダイナミズムこそが、新しい市場、技術、雇用機会の創出の実現、企業経営改革の推進につながり、新たな国家社会の創造に寄与する。(経労委P.4)
○既存の価値観や方法論にとらわれず、多様な属性(性別、年齢、宗教、国籍、価値観など)や発想(多様な働き方を含む)を取り入れることによって、ビジネス環境の変化に迅速かつ柔軟に対応し、企業の成長と個人の幸せにつなげていく。(=ダイバーシティ・マネジメント)(経労委P.33)
○働く人々の就労ニーズも多様化しつつある。企業と働く人双方のニーズの合致、すなわち多様な人材の活用、多様な雇用の組み合わせによって企業の新たな活力を引き出す。(経労委P.33)
○こうした戦略によって、雇用形態の多様化が推進され、これまで企業内外の労働市場で主流ではなかった高年齢者、女性、あるいは外国人の雇用・就労の機会も拡大することとなろう。それは同時に、従業員の働く満足度を高め、働くことへの生きがいが感じられるような職場環境づくりを通じて生産性の向上にもつながる。(経労委P.33)
○雇用安定のためには、生産効率向上のための事業・生産体制の多様化に応じた雇用形態の多様化など「雇用ポートフォリオ」の視点が不可欠である。(経労委P.60)
などと主張しています。
すなわち、これらをまとめると、

○多様な価値観がダイナミズムを生む
○働く人々の就労ニーズも多様化している

雇用形態の多様化

企業の活力と雇用の安定

という論理展開になります。

B 働く人々の就労ニーズの多様化に対応するための雇用形態の多様化ということならば、これはきわめて重要な視点であるといえます。しかしながら、本当に勤労者のニーズに対応し、その個性を活かすことに主眼を置いているのなら、幹部社員は長期安定雇用、技能職・一般職・専門職はテンポラリー雇用、などと決めつける必要はどこにもありません。それぞれの職種において、長期安定雇用の勤労者もいれば、テンポラリーの勤労者もいる、そして長期安定雇用を望む勤労者は長期安定雇用の職が確保され、自らの意思に反してテンポラリーの職にやむなく就いているということがない、という姿こそ、本来の意味での「雇用形態の多様化」であるはずです。
技能職・一般職・専門職のテンポラリー化を推進しようとする日本経団連の真意は、結局、「短時間就労、在宅勤務、有期雇用等々、多様な働き方を工夫し、適切に組み合わせることによって、景気変動にも柔軟に対処し、過剰な雇用を抱え込むリスクを回避していこうとする」(経労委P.34)ということに尽きるのであって、勤労者の立場に立った「就労ニーズの多様化」に対応するもの、と考えることは不可能です。

C また、われわれが多様な雇用形態の前提として考える、いわゆる正社員とその他の雇用形態との間の「均等待遇」の実現についても、日本経団連は、厚生労働省の「短時間労働者の均衡処遇に関するガイドライン案」に関し、「そうした判断の基準自体が曖昧であるし、仕事、責任が一見同じようにみえても、企業への貢献度合いは個別、仔細に評価すべきである。このようなガイドラインを一律的に適用する考え方は問題」(経労委P.36)、「学識経験者による検討結果をとりまとめたもの」にすぎず、「パートタイム労働者の処遇問題は、基本的には個別の企業労使が自主的に取り組むべき課題である」(日本経団連『2003年版春季労使交渉の手引き』以下、手引きP.113)と主張するなど、きわめて後ろ向きの姿勢を示しています。
厚生労働省「平成14年版労働経済白書」に掲載されている「一般労働者とパート労働者の賃金格差の推移」をみてみると、2001年における「1時間あたり現金給与総額格差」は、一般労働者を100とすると、パート労働者は36.9にすぎません(図表2)。しかも8年前の93年には39.0であったのが、格差が拡大する傾向となっています。

一方、日本労働研究機構の資料(データブック国際労働比較2003)によれば、日本、韓国、シンガポールの製造業の時間あたり労働費用は、韓国が日本の32%、シンガポールが34%となっています(図表3)。国内における一般労働者とパート労働者の賃金格差をそのままにして、技能職をパート労働者化すれば、人件費水準そのものが中国並みとまではいかなくとも、韓国並み、シンガポール並みの水準に低下することになるわけです。
日本経団連の主張する雇用形態の多様化は、テンポラリーの雇用を拡大し、解雇を容易にすることによって、景気変動などに対処しやすく、人件費の変動費化をめざしているばかりでなく、まさに「内外の労働市場における労働条件の均質化ないしはアンバランスの是正」(2001年版労問研報告P.33)をも狙ったもの、ということがいえます。

図表3 アジア諸国における時間あたり労働費用の国際比較

D 経労委報告では、雇用形態の多様化が雇用の安定をもたらす、と主張しています(経労委P.60)。日本経団連の考え方によれば、幹部社員は長期安定雇用が適用されますので、こうした勤労者については、これまで以上に雇用が安定することになるかもしれません。しかしながら、それ以外の技能職・一般職・専門職の人々にとっては、当然のことながら、雇用は不安定化するものと判断されます。
正社員であってこそ、業績が厳しい時でも、企業はぎりぎりまで雇用の維持・確保に努めるのであって、テンポラリー雇用であれば、収益が悪化した場合、ただちに解雇される、契約が更新されない可能性が強いといわざるをえません。
従って、正社員中心の雇用形態の場合は、マクロ経済情勢が悪化しても、雇用の悪化は遅行的で、雇用がぎりぎりまで守られ、経済の安定体としての役割を果たしますが、テンポラリー雇用が中心であれば、マクロ経済情勢の悪化はそのまま雇用の悪化に直結し、それがまた経済をさらに悪化させることにつながります。
勤労者個々人についてみても、テンポラリー雇用であれば、景気のよい、悪いにかかわらず、どうしても消費抑制的にならざるをえません。また、雇用形態の多様化は、いわゆる摩擦的失業を増大させることになるので、たとえ景気がよい時であっても、雇用保険など社会的なコストが増加するということは、経営側として認識しておく必要があります。<このページのトップへ>

(2) 雇用形態の多様化とものづくり

@ 技能職や専門職について、テンポラリー雇用を中心にしていくという日本経団連の方針で、わが国のものづくり産業における高度熟練の技術・技能を引き続き保持し、蓄積し、発揮して、最先端分野、世界最高水準の高機能・高品質製品を開発し、生産していくことが可能なのかどうかについては、はなはだ疑問といわざるをえません。
グローバルな市場における国際競争のかたちには、ふたつの種類があります。まずひとつは他の国と同じものをいかに安く作るか、という絶対優位の競争、もうひとつは、いかに最先端分野における比較優位を確保していくかという競争です。
技能職をパート化し、賃金を韓国・シンガポール並みにすれば、一見、絶対優位の競争には効果があるように思われます。しかしながら、現実には高賃金を支払っても高生産性を求めたほうが、結果的に低コストになる可能性は大きいといえます。
たとえば、一般的に中国の賃金は日本の30分の1、中国は福利厚生費が高いので人件費全体では格差はその半分(15分の1)程度といわれていますが、2002年1〜2月に日経産業新聞と日本能率協会コンサルティングが実施した調査(回答81社)によれば、中国華南地区で生産拠点を展開している日系製造業企業が、日本で生産した場合に比べた、中国での生産における製造原価の低減率は、「20%未満」が26.8%、「20%以上40%未満」が44.6%、「40%以上60%未満」が14.3%という状況にあります。
20〜40%の原価低減というのが大きいものであることは事実ですが、人件費の大きな格差に比べれば、相対的には小さいといえますし、また、セル生産方式の導入や、いわゆる「ムダとり」の徹底など、生産システムの抜本的な見直しによって、十分対応できる範囲であると考えられます。さらに、将来的に人民元が完全変動相場制に移行する可能性があることを考慮すれば、中国生産に依存しすぎるのは危険とすらいえます。
中国の巨大な市場に対応するための現地での生産拠点の展開は、企業経営として当然考えられる選択でありますが、日本企業として日本の国内市場への対応、あるいは世界への輸出基地としてとらえた場合には、必ずしも中国での生産が絶対に有利である、とはいいがたい部分があります。
長期安定雇用に裏づけられた、高度熟練の技術・技能者を育成し、高賃金・高生産性を追求していくことが、結局は絶対優位の競争においても国際競争力を維持し、企業の永続的な発展にもつながるものと考えられます。

A ものづくりにおける中国の台頭が著しい状況にありますが、それでも中国の得意とする分野は、部品を揃えれば組み立てられるようなモジュール化された製品、安い汎用部品をうまく組み合わせて良質な製品を組み立てる能力である、と指摘されています。一方、高機能部品を複雑に組み合わせて統合する「インテグラルな製品」、たとえば航空機、乗用車、医療機器などの分野については、まだまだ日本の優位性は失われていません。
こうした「インテグラルな製品」も含めて、最先端分野、最新の技術を搭載した高機能分野、高品質の分野については、長期安定雇用のもと、蓄積された現場の技術・技能、情報や知恵を総動員してこそ、世界市場をリードする開発が可能となるわけであり、また高度熟練の技術・技能をもってして、はじめて国際競争力ある生産を行うことができるといえます。

B 日本経団連は、テンポラリー雇用中心の雇用形態であっても、「経営者が新しい市場を開拓しようとする意欲を示し、その計画を実行すれば、新たな産業の可能性は大きく広がる」(経労委P.19)と主張していますが、あまりにも安易な考え方といわざるをえません。
 2002年9月、ILOは「機械・電気工学産業の生涯学習に関する三者構成会議」を開催しましたが、この会議に向けてILO事務局がとりまとめた報告書によると、世界の機械産業・電機産業の流れは、
○暗黙の知識を重視し、少なくとも中核的労働者の間で労働力の安定性を高めていく必要性がある。
○社内訓練を、最高の人材を引きつけて保持するためのものとみなしている。
と分析しています。グローバルな市場経済化のなかにあって、勤労者を引きつけておくことこそが、重要な企業戦略となっているわけであります。
勤労者に自分の努力で技術・技能を身につけてもらい、テンポラリー雇用で必要なときに都合よく活用しようとする日本経団連の考え方は、そうした世界の流れとは対極にあるものといっても過言ではありません。

C わが国の生産システム論の最高権威である東大の藤本隆宏教授は、
○バブル経済崩壊後の1990年代、政府や金融界などが大きな失策を重ね、それまで日本経済を牽引してきた日本の製造企業までもがさまざまな戦略ミスを犯してきたことは周知のとおりである。
○しかしこの時期、日本経済が低迷しつつも決定的な崩壊を何とか免れてきた要因のひとつは、紛れもなく、中小・中堅企業を含む多くの製造企業が維持し続けた「もの造り」の能力であり、それに支えられた国際競争力である。
○戦後日本の多くの製造企業が構築してきた「もの造り」のシステムは、20世紀後半の日本が全世界に発信できた知的資産のひとつにほかならない。そしてその基本ロジックは、情報技術の飛躍的な発展の続く21世紀前半においても変わらない。
○つまり、製品に封入すべき情報ストックを創造し、それを生産工程に配備し、そしてその情報を工程から製品へと転写すること、すなわち「製品開発」と「生産」が、我々の社会・経済の重要な一角を占める、という基本的構図は、21世紀も変わることはない。
○20世紀の日本企業が構築してきた「もの造り」能力は後世へと着実に伝えていくべき大事な資産である。21世紀の日本の製造企業は、あくまでもこうした「もの造り」の強みを土台としつつ、さらに新しい技術・戦略・ビジネスモデルを積み重ねていくべきだろう。前者を捨てて後者のみを追求することからは、新たな競争優位はおそらく生まれない。
○「もの造り」の強みは、油断をすればたちまち崩壊する、デリケートな情報資産である。これを堅持し、さらに進化させることは、それだけでも容易なことではない。
○ビジネスモデルの工夫だけでは、長期的な競争優位はおぼつかない。必要とされるのは、「ストラテジー」と「オペレーション」、両面における強さである。
○「もの造りの経営学」の基本のロジックは、21世紀、情報技術が我々の生活に画期的な変化をもたらす時代になっても、本質的には変わらない。これを21世紀に継承・発展させ、「もの造り達人企業」の知恵を伝播させていくことは、日本経済全体にとっても、かつてないほどの意義を持つ。
と指摘しています。(藤本隆宏『生産マネジメント入門U』)
技能職をテンポラリー雇用に置き換え、経営者の意識で新しい市場を開拓する、という日本経団連の考え方は、まさに日本のものづくりの強みを捨てて、戦略やビジネスモデルのみを追求する、という藤本教授の危惧する姿そのものです。
繰り返しになりますが、既存の製品をいかに低コストで生産するかという絶対優位の競争においても、また世界最先端の分野を開発し、そこに比較優位を確保するという観点からも、長期安定雇用に裏づけられた技術・技能の蓄積とその発揮がこれまで以上に重要となっています。低賃金・低生産性のもと、新興工業国・発展途上国と同じ土俵で勝負をするのか、高賃金・高生産性で世界市場をリードしていくのか、金属産業を中心にグローバルな競争が一層激化するなかで、国際競争力確保に向けたこの国の「ものづくりのかたち」が問われているといえるでしょう。<このページのトップへ>

(3) 勤務形態の多様化が重要

@ 「長期安定雇用」か「テンポラリー雇用」か、フルタイムか短時間勤務か、ということで、雇用形態を分類すると、

図表4 雇用形態の分類
フルタイム 短時間勤務
長期安定雇用 正社員
常用型派遣
短時間勤務の正社員
テンポラリー
雇  用
登録型派遣
契約社員 
期間工  
アルバイト
派遣類似請負
いわゆるパート

図表4のような状況になっています。
日本経団連は、就労ニーズの多様化に応えるため、雇用形態の多様化が必要と主張していますが、現実には、わが国はすでにパートやテンポラリー雇用者の比率が、国際的に見て高水準となっており、またそうした雇用形態に就いている勤労者でも、正社員を望むものが少なくない、という現実があります。
たとえば、
○日本労働研究機構の資料(データブック国際労働比較2003)によれば、就業者に占めるパートタイマーの比率(2000年)は、日本は23.1%となっており、G7各国中最高となっている。(男性も最高)
○同じく日本労働研究機構のデータによると、雇用者に占めるテンポラリー雇用者の比率(2000年)は、日本は12.9%となっており、アメリカを除くG7各国中、フランスに次いで第2位となっている。(図表5)


○厚生労働省が2001年10月に行った「パートタイム労働者総合実態調査」によれば、パート労働者の21.1%、正社員以外でパートでもない労働者の38.0%が、「正社員として働ける会社がないから」正社員以外の働き方に就いている状況にある。この比率は、前回95年の調査の時に、それぞれ13.7%、31.7%だったのに比べて、大幅に上昇している。(図表6)


資料出所:厚生労働省「平成13年パートタイム労働者総合実態調査」

○厚生労働省「平成11年就業形態の多様化に関する総合実態調査報告」でも、契約社員や派遣労働者として働いている理由として、「正社員として働ける会社がなかったから」という回答が、契約社員の29.3%、派遣労働者の29.1%に達しており、契約社員として働いている理由の2番目、派遣労働者として働いている理由のトップにあがっている。一方で、「正社員」として働いている人のうち、他の就業形態に変わりたいとする人は1.3%にすぎない。
○とりわけ若年層(15〜19歳)の派遣労働者では、88.5%が「正社員として働ける会社がなかったから」を回答としてあげており、若年労働者のキャリア形成、生涯生活設計という点で、きわめて憂慮すべき事態となっている。
○総務省の労働力調査詳細集計(2002年7〜9月)によれば、359万人の失業者のうち、「正規の職員・従業員」を希望する者は210万人(58.5%)に達しているのに対し、パート・アルバイトは96万人(26.7%)、派遣社員は10万人(2.8%)に止まっている。
などの状況にあります。

A 「就労ニーズの多様化」への対応というからには、長期安定雇用を望む勤労者は長期安定雇用の職が確保され、自らの意思に反してテンポラリーの職にやむなく就いているということがない、ということでなければなりません。またフルタイムの正社員ばかりでなく、子育てなどに対応した短時間勤務に対するニーズも強いものと考えられることから、正社員について「勤務形態の多様化」を図っていくことが必要となっています。
○長期安定雇用である。
○解雇権濫用の法理、整理解雇の4要件という解雇ルールが実効的に適用される。
○処遇については、仕事、責任、異動などが同じであれば、賃金を時間あたりに引きなおした場合、フルタイムの正社員と均等である。
という条件をクリアする「短時間勤務の正社員」の枠組みを確立し、その活用を図っていくことが重要であると考えられます。<このページのトップへ>

2.不況下における労働分配率の低下

(1) 歴史的低水準にある労働分配率

@ 日本経団連は、
○わが国の賃金水準は依然、先進諸国のなかでもトップレベルにある。企業の付加価値に占める人件費の割合=労働分配率も上昇しており、国際競争力を見据えて賃金を決める確固たる姿勢が求められる(経労委P.57)
○物価の下落が続くなかでは、ベアがゼロであっても、勤労者の実質賃金水準は向上している。そのため物価下落によって売り上げが低下するなかで、労働分配率が上昇し、企業経営を圧迫している。労使はこの事実を直視し、危機感を共有して、賃金水準の調整に取り組むべきである。(経労委P.59)
○名目賃金が下方硬直性であると実質賃金が上昇するため、企業は雇用調整を行い、雇用情勢は悪化してしまう。(手引きP.12)
○91年度以降、景気の後退にともなって労働分配率が大きく上昇している。わが国の労働分配率は、雇用者所得の大半を占める賃金の下方硬直性、社会保障制度の事業主負担分の増加といった要因に加え、企業が雇用確保を最優先する慣行のために、総じて高くなりやすい。(手引きP.42)
などと主張しています。

A しかしながら、長期にわたる不況のなかで、相当程度の一時金の減額などが実施されており、年収ベース、あるいは総額人件費ベースでは、もうすでに大幅な水準調整が行われています。日本経団連の主張する労働分配率の上昇、実質賃金水準の向上、名目賃金の下方硬直性、などというのは、少なくとも年収ベース、総額人件費ベースでみれば、幻想にすぎません。
まずマクロベースでは、賃金、一時金のみならず、社会保険料の企業負担など、法定内外の福利厚生費を含めた「雇用者1人あたり雇用者報酬」をみると、98年度△1.6%、99年度△1.3%、2001年度△1.1%と前年割れ傾向が続いています。2002年度も上半期には大幅なマイナス(前年比△1.7%)となっています。
こうした結果、マクロベースでの労働分配率(雇用者1人あたり名目雇用者報酬÷就業者1人あたり名目GDP)は、94年度に67.3%となって以来、その後顕著に低下傾向をたどり、2000年度には64.9%に低下、2001年度には65.5%と若干持ち直したものの、2002年度(上半期・季節調整値)には再び64.0%に低下しています。この水準は、長期的に見ても、1960年代以降最も低いレベルであり、まさに歴史的低水準となっています。(図表7)

B また企業収益ベースでみても、日銀短観によれば、最近5年間の人件費の動きは、製造業で98年度△4.2%、99年度△2.8%、2000年度△0.0%、2001年度△3.4%、2002年度(予測)△3.6%と一貫してマイナスが続いています。この間、売上高は△7.0%、

プラス0.7%、プラス4.2%、△5.9%、プラス0.8%と推移していますので、売上高人件費比率は、15.08%、14.55%、13.97%、14.34%、13.72%となっており、2002年度の予測値では、98年度に比べて1.36ポイントも低下する状況にあります。
  金属産業の各産業別に、売上高人件費比率の98年度から2002年度予測値にかけての変化をみてみると、精密機械-3.27ポイント、造船・重機-1.60ポイント、電気機械-1.50ポイント、鉄鋼-1.40ポイントなど、すべての産業で売上高人件費比率が低下している状況にあります。(図表8)

図表8 産業別企業収益の動向


このようなマクロベース、企業収益ベース両面での労働分配率の低下、売上高人件費比率の低下は、企業が所定外賃金の減少、一時金減額、リストラ、長期安定雇用からテンポラリー雇用への転換などにより、経済の落ち込み、業績の悪化以上の規模で、総額人件費の削減を進めてきたことの証左です。

C 労働分配率が歴史的低水準であるにもかかわらず、日本経団連は「労働分配率が大きく上昇している」と主張しています。労働分配率に関する見方が、労使で真っ向から異なる要因のひとつとして、労働分配率の定義の違いがあげられます。
日本経団連の使用している労働分配率は、マクロベースの労働分配率としては、

雇用者報酬÷国民所得

というものです。一方、JCが使用している労働分配率は、

雇用者1人あたり名目雇用者報酬÷就業者1人あたり名目GDP

という指標です。
労働分配率を算出する算式にはいくつも種類がありますが、「企業が産み出した付加価値を、どの程度勤労者に配分するか」という判断のために用いる指標としては、日本経団連の労働分配率は適切とはいえません。

D まず、労働分配率の分母、すなわち企業が産み出した付加価値に、固定資本減耗(減価償却)が含まれていない、ということがあります。
突き詰めれば、企業は労働力と設備から成り立っています。労働分配率とは簡単にいえば、企業が産み出した付加価値を、労働力と設備にどう配分するか、ということにほかなりません。(その他、株主、役員に対する配分などもありますが、ここでは説明を省きます)
ところで、労働力や、設備のうちの機械や建物は、減耗(時間の経過によりなくなってしまうこと)します。労働力の減耗を次世代の養育費として補填するのが賃金、機械や建物の減耗を補填するのが減価償却です。労働力の減耗を補填する賃金は、すべて労働分配率の分母である付加価値のなかに含まれているのですから、機械や建物の減耗を補填する減価償却も、付加価値のなかに含まれていなければバランスがとれません。仮に、機械や建物の減耗分である減価償却を付加価値に含めないのならば、賃金のうち、労働力の減耗に相当する部分も付加価値に含めないようにしなければなりませんが、そんなやり方は現実的ではありません。
結局、賃金も減価償却もすべて含んだ付加価値のなかで、労働力への配分である賃金(正確には、法定内外の福利厚生費を含んだ人件費)の水準がどうなっているのか、どうあるべきなのか、ということを検討するのが、労働分配率の正しい分析のあり方であるといえます。

E また、日本経団連の用いている「雇用者報酬÷国民所得」というデータは、分母に自営業者の産み出した付加価値が含まれている、という欠陥もあります。
すなわちこの指標は、

企業で働く雇用者の人件費÷(企業が産み出した付加価値+自営業者が産み出した付加価値)

というものですから、自営業者が廃業すれば、分母が減少するので、そのぶん労働分配率が上昇してしまいます。この場合、労働分配率が上昇したからといっても、数字のうえだけのことで、それによって雇用者の取り分が増えるわけでも、企業の人件費負担が増えるわけでもありません。なお、自営業者が廃業したぶんが、企業の付加価値になる(たとえば、個人商店で計上されていた売上が、スーパーの売上に計上されるようになる)ので、労働分配率は上昇しないのでは、という見方もありますが、一方で、個人商店主やその子どもが企業で働くようになれば、その人件費は雇用者報酬に新たにカウントされるようになるので、自営業者の廃業により、やはり労働分配率は上昇します。
なお蛇足ながら、わが国で廃業率が高いことを問題視する指摘がありますが、わが国では国際的に見て、依然として自営業者の比率が高いため、廃業率の高さはある程度やむを得ない側面があります。

F 日本経団連が使用している労働分配率のこのような欠陥を修正したのが、金属労協で用いている

雇用者1人あたり名目雇用者報酬÷就業者1人あたり名目GDP

という労働分配率です。分母には賃金も固定資本減耗も含まれていますし、「1人あたり」にすることによって、自営業者の廃業の影響も排除できます。雇用者一人ひとりに対して、国全体の付加価値生産性(就業者1人あたり名目GDP)の伸び率にふさわしい配分が行われれば、労働分配率が一定になる、という意味を持っているという点でも、マクロベースの労働分配率として、適切なものといえます。

G 旧・日経連も指摘していたように、労働分配率と経済成長率とは、もともとは景気がよければ労働分配率が低下し、悪ければ上昇するという「負の相関関係」にあるはずです。景気が悪化しても、人員削減はすぐには行われず、また賃金も(一時金、所定外賃金を除いては)下方硬直性を持っているはずだからです。現在のような戦後最悪の経済情勢の下では、労働分配率が上昇し、戦後最高の水準となって当然です。
本来は、不況期に労働分配率が上昇し、それによって個人消費が下支えされ、景気の底割れが防止されるという、ビルトインスタビライザーの機能が働きます。しかしながら現実には、逆に歴史的低水準となっているのは、企業が不況による収益悪化をひたすら人件費の圧縮によってしのいできた、ということを示しています。
このため個人消費が極度の不振に陥り、長期かつきわめて深刻な不況を招くことになったといえます。
ごく最近のデータを見ても、平均消費性向は、2002年6月以来、前年を上回って推移していますが、可処分所得それ自体の落ち込みが激しいために、消費支出の抜本的な改善につながっていません。<このページのトップへ>

(2) 棚上げされた生産性基準原理

@ 旧・日経連は従来、就業者1人あたり実質GDP成長率をベア率とする、という「生産性基準原理」を掲げてきましたが、今春闘においては、「実質成長が鈍化し、国全体の生産性の向上が見込めないなかではマクロレベルにおいても賃上げは考慮の外とならざるをえない」(経労委P.38)として、マクロレベルにおける賃上げの目安である生産性基準原理を事実上棚上げしています。
生産性基準原理に従うと、2003年度には0.9%のベアが可能になってしまうために、ほおかむりをしているものと考えられます。
繰り返しになりますが、生産性基準原理は、

就業者1人あたり実質GDP成長率=ベア率

というものです。

就業者1人あたり実質GDP成長率=実質GDP成長率−就業者の伸び率
                =名目GDP成長率−物価上昇率−就業者の伸び率

ですから、物価上昇率がマイナスの場合、マイナスとマイナスでプラスになりますから、マイナス幅が大きければ大きいほど、ベア率が高くなってしまうという奇妙なことになってしまいます。2003年度の政府経済見通しは、実質GDP成長率が0.6%、就業者の伸び率が△0.3%ですので、

ベア率=0.6%−(−0.3%)=0.9%

ということになるわけです。

A 日本経団連は、生産性基準原理はインフレを抑制するための原理だから、デフレの時には適用されないという考え方のようですが、「原理」というからには、物価がプラスであろうと、マイナスであろうと、どのような場合でも、適用できるものでなければなりません。もし日本経団連が、インフレの時はインフレを抑制するために低目の賃上げ、デフレの時はデフレを解消するために高い賃上げ、ということで生産性基準原理を主張するのならば、当否はともかく、ひとつの見識ではあるといえますが、そういう主張にはなっていないわけで、ご都合主義も甚だしいといわざるをえません。
ちなみに、ベア率を就業者1人あたり名目GDP成長率にマッチさせるという、逆・生産性基準原理(付加価値生産性基準原理)の考え方では、2003年度は、

名目GDP成長率(−0.2%)−就業者の伸び率(−0.3%)=ベア率(0.1%)

ということになり、少なくともマクロ経済情勢としては、ベアを実施できる状況にはない、と判断せざるをえません。

(3) 時間あたり人件費の国際比較

@ 日本経団連は、従来同様、「わが国の賃金水準は依然、先進諸国のなかでもトップレベルにある」(経労委P.57)と主張しています。しかしながら、わが国の賃金水準は新興工業国や発展途上国に比べれば高いものの、先進国のなかではむしろ中位にすぎず、世界のトップクラスとはいえません。
経労委報告のデータ(経労委P.58)では、2001年における製造業・生産労働者の時間あたり賃金は、日本を100とするとアメリカ93、ドイツ76となっており、日本は両国を上回っているように見えます。(ドイツは2000年)
しかしながら、日本経団連の国際比較は、かなりずさんなものです。まずこのデータは、日本の「実労働時間あたり賃金」と米・独の「支払対象時間あたり賃金」とを並べたものであり、米・独の数値はそもそも定義上、日本よりも低いデータということになります。ちなみにアメリカの「実労働時間あたり賃金」は「支払対象時間あたり賃金」の1.089倍、ドイツは1.218倍となります。(コラム参照)
また、国際競争力の観点から人件費をコストとして比較するのならば、賃金だけでなく、企業の社会保障負担、福利厚生なども含めた「時間あたり人件費」で比較すべきです。ILOの資料(KILM 2001-2002)によれば、製造業・生産労働者の現金給与総額に対する現金給与総額以外の人件費の比率は、日本19.0%、アメリカ26.1%、ドイツ33.5%となっています。

支払対象時間あたり賃金と実労働時間あたり賃金

「支払対象時間」とは、日本的な表現をすれば、おおむね
所定労働時間−無給欠勤時間+超過労働時間
のことです。欧米の生産労働者は時間給が基本となっていますが、支給される賃金総額は、
{時間給×(所定労働時間−無給欠勤時間)}+(割増賃金×超過労働時間)+一時金
となります。この総額を
支払対象時間=所定労働時間−無給欠勤時間+超過労働時間
で割ったものが「支払対象時間あたり賃金」です。
一方、支給総額を、
実労働時間=所定労働時間−無給欠勤時間−有給休暇取得分+超過労働時間
で割れば、「実労働時間あたり賃金」ということになります。
すなわち、「支払対象時間あたり賃金」は、「実労働時間あたり賃金」に比べて、分母が「有給休暇取得分」だけ大きくなるので、金額が低くなってしまうのです。

経労委報告に示されている賃金データをもとに、これらの調整を行うと、2001年の製造業・生産労働者の時間あたり人件費は、日本を100としてアメリカ107.4、ドイツ103.7となり、日本は両国を下回る水準になっています。(図表9)

図表9 日米独の時間当たり人件費比較(製造業・生産労働者.2001年)


A ILOの資料(KILM 2001-2002)にも、製造業・生産労働者の時間あたり人件費(99年)が掲載されていますが、これによると、ドイツ、ノルウェー、スイス、デンマーク、ベルギー、オーストリア、スウェーデン、フィンランド、オランダが、日本よりも時間あたり人件費の高い国であり、とくにドイツ、ノルウェー、スイスについては、日本よりも1割以上高い状況になっています。こうした人件費水準の高い国々でも、製造業の企業が高い国際競争力を保持し、国内の生産基盤を維持し続けているということにとくに留意する必要があります。(図表10)

図表10 主要国の時間あたり労働費用


(4) 単位労働コストの国際比較

@ 日本経団連が経労委報告のなかで掲載したデータ(原データはILO)によると、製造業の単位労働コスト(投入1単位あたり労働費用÷投入1単位あたり産出額)は、日本を100とした場合、ドイツ、イギリスは123に達する状況となっています。(経労委P.15)
前述のように、日本経団連は依然として、「わが国の賃金水準はトップレベル」という旗を降ろしてはいませんが、
○賃金水準の国際比較は、その賃金水準で産み出される付加価値との関係(産出1単位あたりの人件費)で比較されるべきであること。
○その場合、日本の製造業の賃金水準は、ドイツ、イギリスなどに比べて割安であること。
を自ら認めたことになります。(図表11)

A このILOのデータでは、金属産業の単位労働コストの比較を行っていませんが、厚生労働省の「平成14年版労働経済白書」では、同じデータに関して、「これは製造業全体を比較したものであるので、その中で輸出関連産業に限れば、諸外国と比較した我が国の単位労働コストは、さらに低くなると考えられる」と分析しています。
そこでOECDのデータを用いて、金属産業について、単位労働コスト(雇用者1人あたり人件費÷就業者1人あたり付加価値)を計算してみると、日本を100としてイギリスが148.0、ドイツが126.8、イタリアが112.1、アメリカが111.5、フランスが105.4となっており、主要国のなかで、日本の賃金水準が際立って割安であるという状況になっています。(図表12)

経労委報告では、「国際競争がきびしい産業分野においては、できる限り労働コストの比率の低い体質へと転換させること、わが国のコストに見合った高付加価値産業分野をできる限り増やすことである」(経労委P.19)と主張していますが、少なくとも先進国同士の比較では、人件費と付加価値の関係において、わが国が優位性を持っていることは明らかです。<このページのトップへ>

3.所得環境の改善なしに需要不足を解決できない

@ 現在の厳しい経済情勢から脱出するために、経営側も「デフレ回避のためには、とりわけ消費需要の喚起が重要」(経労委P.18)と指摘しています。
しかしながら、その方策については、「画期的な新技術、魅力的な新商品や新サービスを開発することを通じて需要の創造・喚起をはかる」(経労委P.16)、「付加価値の高い新しい商品やサービスの提供に注力することによって、デフレ圧力を軽減する」(経労委P.14)などと主張しています。
消費者の所得環境(ふところ具合)を改善して消費需要を喚起するのではなく、魅力ある新商品や新サービスの開発という、供給面での努力によって、需要を引き出そうと主張しているわけであります。

A もし仮に、「消費者にはもう買うものがないから、消費が低迷している」という「消費飽和」の状況にあるならば、そのような供給面からの解決策が有効ということになります。しかしながら現実には、現在の消費低迷は消費飽和によるものではありません。「春季労使交渉の手引き」P.37では、読売新聞社が行った「個人消費の低迷原因」に関する世論調査結果を掲載していますが、これを見ても、
○所得や収入の伸びが期待できない 64.3%
○倒産や解雇など仕事の将来に不安 56.2%
○年金や医療、介護保険制度に不安 40.4%
 となっており、「必要なものはすでにそろっている」は15.6%、「買いたくなるような新製品がない」はわずか5.5%にすぎません。(図表13)

現在の消費低迷は消費飽和によるのではなく、現実の所得の減少と三つの将来不安、すなわち、
@将来も所得が減少し続けるのではないかという所得不安。
Aリストラや企業倒産による雇用不安。
B税・社会保障負担が際限なく拡大していくのではないかという社会保障不安。
によっていることは明らかです。
「魅力的な新商品や新サービスの開発」という供給面での努力を、産業・企業レベルで行っていくのは当然のことですが、そうした企業努力によって、全体としての個人消費の水準が回復するというわけではありません。
たとえば、若年層の人たちを中心に、携帯電話の通話料がかなり重い支払いになっているために、食事やファッション、音楽など携帯電話以外に対する支出を切り詰めているという指摘(携帯不況論)があります。消費者の所得環境が改善しない限り、魅力的な商品やサービスを供給すれば、それに対する需要は伸びることになりますが、そのぶん他の商品やサービスに対する需要が減少してしまうことになり、消費全体が拡大するわけではありません。<このページのトップへ>

4.人的投資こそ国際競争力の根源である

(1) 輸出の拡大

@ 経労委報告では、「わが国の国際競争力については、海外からは相当に低い評価がなされている。競争力についてのわが国の国際的な地位の評価が適正か否かはともかく、貿易立国日本にとって、国際競争力の劣化は国の存続にかかわる深刻な事態である」(経労委P.13)と指摘しています。しかしながら、経労委報告でも「適正か否かはともかく」と断っているように、少なくとも現段階で、わが国の国際競争力に低い評価がなされているというのは、一面的な見方であるといわざるをえません。
まず第一に、国全体としての競争力と、個別製品の国際競争力の問題とを、はっきり区別しなくてはならない、ということであります。中国をはじめとする新興工業国・発展途上国の激しい追い上げにより、個別の製品については、国際競争力が厳しい局面に置かれ、国内の生産基盤が危機的な状況に置かれるということもあるわけですが、国全体としては、最先端の分野、より高品質の分野、高機能の分野に比較優位を確保することにより、世界市場における国際競争力を維持し続けることができるということになります。

A 財務省の貿易統計によれば、2002年の輸出額は、前年比6.4%増となりました。四半期ごとに見ると、1〜3月期に前年比△3.0%であったのが、4〜6月期には5.7%のプラスに転じ、7〜9月期7.4%増、10〜12月期16.1%増と期を追うに従って増加率が高くなってきている状況にあります。このため貿易黒字も前年比51.3%増となり、9.9兆円まで回復しています。
輸出先では、中国が32.3%増となっているなど、アジアの伸び率(13.7%)が高くなっていますが、その他でも、中東欧・ロシア等22.7%増、アフリカ14.1%増、大洋州13.0%増、中東11.8%増、北米1.8%増などとなっており、中南米(△5.7%)、西欧(△2.1%)向け以外は、揃って輸出が拡大している状況にあります。商品別に見ても、金属産業では、精密機器が不振(△23.2%)だったものの、輸送用機械は16.8%増、金属及び同製品は11.7%増、一般機械は3.6%増、電気機器は3.4%増などとなっています。(図表14)

B 日本経団連は「国際競争がきびしい産業分野においては、できる限り労働コストの比率の低い体質へと転換させる」ことを主張しています(経労委P.19)。しかしながら、輸出がこのように拡大基調を続けていることからすれば、個別製品ではともかく、わが国全体としては、新興工業国や発展途上国に比べて高い賃金コストが、輸出の制約要因になっているとはいえません。
日本経団連は、「わが国の輸出動向は、貿易相手国の経済動向に大きく左右される。日本の場合、特にアメリカ経済の直接的影響と、対米輸出依存度の高いアジア経済の間接的影響を大きく受ける」(手引きP.16)と指摘しています。
アメリカやアジアの景気が悪化したときに、日本からの輸出が減少するのは、ある程度やむをえないのであって、逆にアメリカやアジアが好調なのにもかかわらず、わが国の輸出が不振という状態に陥ったならば、その時にはじめて、わが国全体としての競争力が失われたということになります。現在はそのような状況には至っておらず、わが国全体としては、引き続き国際競争力を維持しているものと考えられます。

C いま輸出が好調であったとしても、中国をはじめとする新興工業国、発展途上国の追い上げが激しいなかで、最先端分野、高機能・高品質分野の比較優位を確保するというわが国全体としての国際競争力が、将来的にも万全である保証はありません。むしろ、わが国のものづくりの状況をみれば、将来を悲観せざるをえない側面があることも事実です。しかしながら、そうであるならば、余計に人的投資と設備投資に力を注ぎ、次代の発展の礎を構築していかなければなりません。

(2) 産業インフラの高コスト是正

@ 輸出が全体として拡大を続けるなかにあっても、製品によっては、国際競争力を失い、国内生産拠点が厳しい状況におかれている場合があることを否定できません。こうしたなかで、エネルギーコスト、輸送コストなどを中心に、わが国の産業インフラコストが国際的にみてきわめて高く、本来失われなくともよい国際競争力が失われているという面があります。その点で、「わが国の非国際競争産業の生産性の低さ、コストの高さが、国際競争産業の競争力を低下させている。これは、国際競争力のある産業までが海外に流出するという深刻な空洞化の進行を裏づけるものである」(経労委P.14)という経労委の指摘には、首肯できる側面もあります。
たとえば、2002年6月に経済産業省が発表した「平成13年度産業の中間投入に係る内外価格調査」によると、日本における産業の中間投入コストは、全体としてアメリカの1.81倍、ドイツの1.58倍、韓国の3.73倍、台湾の3.95倍、香港の2.27倍、シンガポールの3.00倍、中国の5.56倍となっています。
中間投入の分野別にアメリカと比較してみると、素材は0.87倍、加工・組立は1.02倍ですが、産業向けサービスは2.65倍、エネルギーが1.71倍と際立って内外価格差が大きくなっています。さらに内訳を見ると、産業向けサービスでは、情報サービスが2.06倍、運輸が1.92倍、不動産が1.79倍、通信が1.67倍などとなっています。エネルギーでは、都市ガスが2.39倍、石油・石炭製品が2.00倍となっています。大口電力については、この調査では1.02倍に止まっていますが、電気事業連合会が試算した「使用形態を統一したモデル料金比較」(2000年2月)では、産業用電力料金はアメリカの1.41倍となっています。
一方、台頭著しい中国との比較では、産業向けサービスが8.93倍、うち情報サービスが6.85倍、不動産6.37倍、金融・保険4.77倍、通信4.47倍、運輸3.23倍、エネルギーは2.88倍で、うち石油・石炭製品が2.97倍、大口電力2.89倍、都市ガス2.27倍となっています。(図表15、16)

図表15 産業の中間投入コストの国際比較(2001年度)
図表16 日本の産業用電力料金水準
使用形態を統一したモデル料金比較(2000年2月)

A 産業の中間投入において内外価格差が著しい分野は、まさに産業のインフラ、公共財であるという理由の下に、参入規制と「総括原価方式」に代表される不適切な価格決定システムがとられてきた分野です。
国民生活の向上の観点からも、また金属産業をはじめとするわが国ものづくり産業の国内生産基盤強化の観点からも、こうした分野における参入・価格両面での規制の整理・撤廃を行っていくことが不可欠となっています。
金属労協はこうした考え方に立って、電力に関しては、託送料金の適正な価格設定を図るべく発送電分離を政府に対して要請しています。また採算のとれない高速道路建設に歯止めをかけるため、日本道路公団など道路関係四公団については、道路の建設と管理、道路の保有と債務の償還を一体化した、いわゆる上下一体型の民営化を主張しています。<このページのトップへ>

5.賃金構造維持分の確保が不可欠

経労委報告では、今次労使交渉への取り組みとして、「賃金制度の改革による定期昇給の凍結・見直しも労使の話し合いの対象になりうる」(経労委P.57)と主張しています。
定期昇給は、現行の賃金制度に従って実施される昇給であり、制度が変更されない限り当然実施されるべきものです。春季総合生活改善闘争は、現行の賃金制度に基づく賃金水準の改定交渉を行う場であり、仮に賃金制度の見直しを行う場合には、労使が慎重に話し合いを尽くした上で決定されなければなりません。春闘の時期に拙速に結論を出すことは、労使関係を損なうものといわざるをえません。
定期昇給制度が確立しているところはもちろん、明確になっていないところについても、1歳・1年前の同一職種、同一能力、同一成果の者の賃金水準を下回ることは、「賃金構造の崩壊」「賃金の引き下げ」に他なりません。
また、定期昇給制度は、年齢の上昇に伴う生計費の増加に対応した制度であることから、勤労者生活の安定を図る役割を果たしているといえます。同時に、企業内における職務遂行能力の向上に対応した昇給であることから、勤労者のモラール維持の観点からも重要な制度となっています。中小企業においては、年齢構造維持分を確保せず、結果的に所定内賃金が低下してしまっている事例も見られますが、企業の将来にきわめて大きな禍根を残すものといわなければなりません。
勤労者がその能力を発揮し、企業基盤の強化を図るためには、勤労者の「生活不安」を払拭し、生活の安定を図ることが重要です。厳しい経済状況のもとで国際競争力の維持・向上を図るべく事業構造改革に取り組む勤労者のモラール維持のためにも、定期昇給の着実な実施によって賃金構造維持分を確保することが必要不可欠となっています。
現在の消費不振は、現実の年間総賃金の減少に加え、賃金カットや一時金のさらなる削減に対する恐れが大きな要因となっています。今後さらに定昇凍結等による賃金引き下げを行うようなことがあれば、消費不振の拡大からますますデフレを加速させ、日本経済を取り返しのつかない状態に悪化させる恐れがあります。賃金構造維持分の確保によって賃金水準を維持・確保することが、経営者として必要不可欠な対応です。

6.一時金は安定確保を前提に、業績回復を反映すべき

一時金は、企業業績を反映した利益の配分という側面と、賃金の一部として勤労者の生活にとって必要不可欠な収入となっているという側面と、ふたつの性格を持っているといえます。
従って、まず第一に生活の安定という観点から、業績に関わらず一定の水準が安定的に確保される必要があります。一時金の固定的支出部分が4カ月程度あることから、年間4カ月を最低でも確保することが必要です。
一方、日本経団連は、「大手企業は2002年度大幅増益、2003年度も好調と予想される。売上高は大きくは伸びないものの、利益率が上昇して営業利益、経常利益とも増益になると見込まれ、特に製造業は2001年度の反動でV字回復となる見込みである」「業種別でみると、電機、精密機器、エレクトロニクス、自動車、通信などの増益が大きいと予想される」(手引きP.24)と分析しています。2002年12月の日銀「短観」でも、2002年度決算において、全産業で14.4%、製造業で39.0%、金属産業全体で78.0%の営業増益が見込まれています。
企業業績が好調な企業、回復しつつある企業については、率先してこれを年収の回復・引き上げというかたちで反映させ、勤労者の消費喚起につなげていくことが必要です。<このページのトップへ>

7.高まる退職金・企業年金の重要性

2002年9月に発表された98年における所得再分配の状況によると、高齢者世帯における年金・恩給受給額は平均で209.6万円となっており、前回95年の集計に比べて7.0%増加しています。一方、社会保障給付以外の所得は大幅に減少していますので、再分配所得(社会保障給付以外の所得に社会保障給付を足して、税・社会保険料拠出を差し引いたもの)は392.9万円で、95年比1.6%増に止まっており、社会保障に対する依存度(再分配係数=(再分配所得−社会保障給付以外の所得)÷社会保障給付以外の所得)は、95年に172.7%だったのが、98年には221.4%に高まっています。(図表17)

少子高齢化が続くなかで、賦課方式を基本とする現行の公的年金制度については、今後、厳しい改革が予想されるところとなっています。政府として行うべき範囲・水準に限定した、セーフティーネットとしての社会保障への再構築は避けられないものと考えられますが、一方で、このように高齢者世帯における社会保障に対する依存度が高まってきていることは、改革を進めるうえで、大きな障害となる可能性があります。
日本経団連も、「9割以上の人が年金だけでは『ゆとりがない』と回答し、その理由として、年金の支給金額の切り下げや支給年齢の引き上げが見込まれることなどをあげている」(手引きP.37)と分析していますが、「年金の支給金額の切り下げ」の方向で改革が進められた場合、勤労者にとって、これを補填するのは退職金や企業年金以外には考えられません。
新会計基準の導入によって、巨額の補填が必要となりましたが、すでに「会計基準変更時差異の負担についてはピークを過ぎた」(手引きP.74)ところであり、これによって、退職金や企業年金については、受け取る世代が現役の時に積み立てていく方式に転換していますので、公的年金とは異なり、少なくとも長期的な労務構成の変化の影響を受けにくいという利点があります。公的年金の給付の圧縮を見据え、長期的な観点から退職金・企業年金の拡充に努めていくことが不可欠となっています。<このページのトップへ>

U.交渉をとりまく経済情勢

1.わが国経済と政労使の使命

@ わが国経済は、2001年秋以降の大幅な量的金融緩和の実施と輸出の拡大を受けて、2002年春ごろより、緩やかではあるものの、いったん景気回復傾向を見せていました。しかしながらその後、
○大手銀行のコンピューターシステム不安が一応おさまった段階で、日銀が量的金融緩和にブレーキをかけており、2002年4月に前年比36.3%に達していたマネタリーベースの増加率が、12月には19.5%と半分にまで鈍化していること。
○対イラク情勢が緊迫化してくるなかで、アメリカ経済ひいては世界経済全体に対する不安感が増してきていること。
○小泉内閣のもとで、不良債権処理を加速化させ、平成16年度に主要行の不良債権比率を現状の半分程度にする方針が打ち出されたために、実体経済に対する打撃が予想されていること。
などから、景況感が急速に悪化してきています。とりわけ、わが国経済運営の鍵を握る次期日銀総裁に関する人事の遅れと、それに象徴される金融政策に対する政府の態度の混迷は、実体経済に大きな打撃となっているものと考えられます。
デフレを解消し、不況の一層の深刻化を回避していくためには、政労使がそれぞれの責任と役割を果たしていくことが不可欠です。
政府としては、金属労協がこれまで主張してきたように、大幅な量的金融緩和政策を継続的に実施し、デフレの解消を図っていかなければなりません。金融機関不良債権の最終処理など、わが国に山積する構造改革は遅々として進んでいませんが、デフレの解消がなければ構造改革が立ち往生してしまうことは、これまでの経験からも明らかです。
また実体経済面では、多年度税収中立ではなく、今後の行革の成果によって財源を捻出する「行革減税」を実施することによって、消費不振の打開を図っていくことが必要です。さらに、雇用のセーフティーネット確立のための雇用保険の抜本的拡充、「コミュニティ・スキルアップ・カレッジ」の全国展開、「美しい日本再生事業団」の創設などに取り組んでいくことが必要となっています。

A そうした政府の対応とともに、民間労使においても、雇用の安定と所得の安定を図り、もって勤労者の生活基盤を確固としたものとしていくことによって、経済全体の安定に寄与していくことが不可欠となっています。
雇用の維持・確保を着実に実行するとともに、賃金構造維持分を確保し、一時金のこれ以上の減額を回避して底支えを図ることにより、勤労者の所得不安の解消に努めることが不可欠です。

またわが国の総額人件費が、経済の落ち込みや企業業績の悪化以上に引き下げられてきたことが、消費不振と経済の一層の悪化を招いてきたことを踏まえ、企業業績が好調な企業、回復しつつある企業については、率先して賃上げを行い、一時金の回復・引き上げを図り、もって消費不振打開の先導役を果たしていくことが求められています。<このページのトップへ>

2.経済指標の動向
@ 2001年度の名目GDP成長率は△2.5%で、統計開始以来最悪のマイナス成長を記録しました。しかしながら2002年度に入ると、4〜6月期には△1.7%、7〜9月期には△0.1%とマイナス幅が急速に縮小してきています。
実質GDP成長率では、同じく2001年度に△1.4%のマイナス成長でしたが、2002年4〜6月期には△0.7%とマイナス幅が大幅に縮小、7〜9月期には1.5%と5四半期ぶりにプラス成長を取り戻しました。
名目GDP成長率(前年比)を需要項目ごとに見ると、2001年度には、個人消費、住宅投資、設備投資、輸出のいずれもマイナス成長となりましたが、2002年7〜9月期には、個人消費が1.1%、輸出が6.3%のプラス成長に転じており、住宅投資、設備投資については、依然前年割れが続いているものの、マイナス幅は大幅に縮小している状況にあります。(図表18)

政府の経済見通しによれば、2002年度の名目GDP成長率は△0.6%と2年連続のマイナス成長となるものの、個人消費、輸出を中心として、実質では0.9%のプラス成長が見込まれるところとなっています。(図表19)

A 鉱工業生産指数において、最近の在庫指数と出荷指数の動向を見てみると、在庫指数は2001年10〜12月期に前年比でマイナスに転じ、出荷指数は2002年1〜3月期以降、マイナス幅が縮小に転じました。4〜6月期には、在庫指数が△11.3%、出荷指数が△1.9%となり、出荷指数のマイナス幅が在庫指数のマイナス幅よりも小さくなりましたので、この段階で景気回復が確認できたことになります。
その後、7〜9月期には出荷指数の伸び率が4.1%と7四半期ぶりにプラスに転じ、10〜12月期には7.2%の伸びを示しています。在庫指数も7〜9月期に△10.9%、10〜12月期に△8.8%と、大幅なマイナスが続いています。(図表20)

B 設備投資の先行指標である機械受注統計(船舶・電力を除く民需)は、2002年1〜3月期には前年比△20.4%の大幅マイナスだったのが、7〜9月期には△8.8%とマイナス幅が縮小し、10月には一時1.9%のプラスに転じました。しかしながら11月には、再び△7.2%と前年割れになっています。
商業販売統計による小売業の販売額は、2002年2月に前年比△6.2%の大幅マイナスを記録していましたが、その後は緩やかな回復基調を示しており、11月には△2.3%までマイナス幅が縮小しています。ただし12月には△3.4%とやや悪化しました。自動車小売業は、2002年9月以降、4カ月連続で前年を上回って推移しており、11月にはプラス5.4%、12月にはプラス2.9%となっています。機械器具小売業も、依然として前年割れが続いているものの、これまで前年比1割減程度で推移していたのが、2002年12月には△5.4%とマイナス幅が縮小してきています。(図表21)

C 実体経済が緩やかな回復傾向を続けるなかで、2002年3月から6月にかけて、11,000円台で推移していた日経平均株価は、7月に1万円割れ、10月には9千円割れとなり、さらにプラザ合意後の最安値更新が続き、11月14日には8,303.39円を記録しました。その後も8,000円台で推移している状況にあります。
内閣府が算出している景気動向指数DIによると、先行指数では、2002年3月に83.3、4月に79.2、5月に91.7であったのが、8月には50.0、10月には40.0と減速感が出てきています。ただし、11月には70.0と再び50を超える水準になっています。
内閣府の景気ウォッチャー調査を見ても、「景気の先行き判断(方向性)DI」では、2002年5月に49.7に達し、その後、9月まで45前後で一進一退が続いていましたが、10月には39.8と8カ月ぶりに30台に低下し、12月には36.7と11カ月ぶりの低い水準になっています。<このページのトップへ>

3.平均消費性向が上昇傾向にある個人消費

総務省「家計調査」により、全国・勤労者世帯の名目消費支出の動向を見てみると、2001年度に前年差1.1ポイントも下落した平均消費性向が、2002年6月以降、6カ月連続で前年を上回って推移しており、消費意欲にやや改善の兆しが見られます。
しかしながら、この間、一貫して可処分所得が前年割れを続けており、6、7、9月には、そのような可処分所得のマイナスにもかかわらず、消費支出は前年比でプラスとなっていましたが、10月、11月については、前年比・名目でそれぞれ△1.7%、△3.7%とマイナス幅が拡大している状況にあります。(図表22)

平均消費性向の上昇は、勤労者にとってもうこれ以上節約がむずかしくなっていることを示しているものと考えられますが、可処分所得の減少が続いていれば、平均消費性向が上昇しても、消費の本格的回復を望むことはできません。逆に、可処分所得の増加が消費の拡大に結びつきやすい状況にあるといえます。
賃金構造維持分の確保、一時金の底支えにより、可処分所得のこれ以上のマイナスに歯止めをかけること、企業業績が好調な企業、回復しつつある企業は、そうした業績を賃金や一時金に反映させ、賃上げや一時金の引き上げ・回復を図ることが、消費回復に向けて、決定的に重要となっています。
なお日本経団連は、「雇用不安が払拭されないなかで、所得を増大しても消費は拡大せず」(手引きP.38)と主張しつつも、一方で「個人消費については、景気動向にかかわらず人件費の抑制が企業の重要課題となっているほか、将来の年金不安や増税などの公的負担の増大に対する不安によって、消費拡大の喚起につながりにくい状況である」(手引きP.20)として、「人件費の抑制」が消費不振の原因のひとつであることを自ら認めています。
個別企業労使においては、日本経団連のこうした無責任な態度に惑わされることなく、経済全体に対する企業労使の責任について、真摯に検討を深めていくべきであります。<このページのトップへ>


4.物価の低下幅は縮小傾向

消費者物価上昇率は、2001年度には△1.0%となり、なかでも2002年2月には前年比△1.6%まで達していましたが、その後マイナス幅が縮小しつつあり、2002年12月の都区部は△0.3%、これをもとに推計した全国の上昇率は△0.4%となっています。(図表23)

国内企業物価指数も、2001年末には前年比3%近く下落していましたが、2002年11月、12月には、前年比△1.2%とマイナス幅が縮小してきています。
 一方輸入物価は、2002年9月以降、前年比プラスで推移しており、2002年11月には前年比4.0%、12月には1.1%の上昇となっています(図表24)。品目としては、石油・石炭・天然ガス(14.2%)、化学製品(7.2%)などのイラク情勢の緊迫化で高騰する原油関連ばかりでなく、食料品・飼料(2.6%)、金属・同製品(1.7%)なども値上がり傾向となっています。

2001年秋以降の大幅な量的金融緩和政策、イラク情勢の緊迫化などにより、きわめて厳しいデフレの状況に変化の兆しが出てきたことについては留意する必要があります。<このページのトップへ>

5.危機的な状態が続く雇用情勢

完全失業率は、2002年秋以降大幅に悪化し、2002年8月には5.45%、9月には5.44%、10月には5.54%と既往最悪を更新しました。11月には5.34%へと改善しましたが、依然高水準が続いています。一方、有効求人倍率は、2002年2月に0.50倍にまで悪化しましたが、その後は、9月0.55倍、10月0.56倍、11月0.57倍と緩やかに改善しています。(図表25)

図表25 雇用指数の推移(季調値)

また、雇用形態別の増減率を前年比で見ると、2002年は、常雇が9月△1.5%、10月△1.4%、11月△1.8%と減少しているのに対して、臨時・日雇は9月10.1%、10月6.1%、11月8.5%と増加しています。
なお、金属産業に働く雇用者数は、とくに2002年夏以降、減少が著しく、2002年11月には前年比37万人のマイナスとなっており、2002年平均として500万人台に落ち込む状況にあります。<このページのトップへ>

6.金属労協の対総理要請

@ 金属労協は2002年12月3日、第45回協議委員会を開催し、2003年闘争の取り組み方針である「2003年闘争の推進」を確認するとともに、「デフレの解消によって雇用と生活の安定を図り、構造改革を推進する決議」を採択しました。
協議委員会終了後、金属労協議長はただちに福田官房長官と会見し、「決議」に盛り込まれている内容に沿って、内閣として政策展開を図るよう、小泉総理あての要請書を手渡しました。

A 2002年10月30日、小泉内閣は「改革加速のための総合対応策」を策定しましたが、あくまで「デフレ克服」をめざしたものであり、「デフレ解消」を図ろうとするものではありませんでした。しかしながら、2003年1月24日に閣議決定された「改革と展望−2002年度改定」では、「デフレ克服を目指し」に続いて、「できる限り早期のプラスの物価上昇率実現に向けて取り組む」ことが盛り込まれました。
わが国に山積する構造諸課題の解決と産業再生を図るため、あえて厳しい経済情勢のなかで、企業に構造改革を強いる「北風」的な政策をとるべきか、あるいはデフレを解消し、景気を回復させて、改革に伴う痛みができるだけ少ない環境を作り出すなかで、構造改革を進めようとする「太陽」的な政策をとるべきかについては、見解がわかれるところです。
かつて日銀の三重野総裁(当時)は、「金融政策の運営にあたっては、これによって影響を受ける方々の痛みは十分認識したうえで、やはり中長期的に見た経済活動全体の安定化に焦点を合わせなければならない」、「往々にしてそのような金融政策は、国民に不人気なものである」が、「私どもは私どもの物差しを替えるべきではない」との考え方を明らかにしていました。現在の日銀についても、基本的にこうした北風的な政策を踏襲しているものと考えられます。
振り返ってみますと、90年代以降、厳しい経済環境のなかで、金融機関をして自主的な不良債権処理に追い込むという、北風的なポリシーミックスをとってきたことが、不良債権の最終処理が進まず、むしろ不良債権が拡大した原因となったのではないか、と考えられます。
これとはまったく逆に、デフレを解消し、景気を回復させるなかで、金融機関に対してある程度強権的にでも不良債権処理を促すというポリシーミックスをとることが、早期に根本的な解決を図る唯一の道といえるのではないでしょうか。

B 最近の景気回復を振り返ると、2000年前半の景気回復も、2002年前半の景気回復も、いずれも大幅な量的金融緩和が背景にあったことがわかります。マネタリーベースの増加率(前年比)は、2000年前半の景気回復の時は、2000年1月に22.8%、2002年前半の景気回復の時は、2002年4月に36.3%にも達しています。しかしながらいずれの場合も、その後、大幅緩和にブレーキがかけられたため、景気は失速してしまいました。

デフレの解消によって雇用と生活の安定を図り、構造改革を推進する決議

 わが国経済は、本年前半にはいったん景気回復傾向を見せていたものの、量的金融緩和政策にブレーキがかかり、小泉内閣が金融機関の不良債権処理問題の決着を打ち出したことなどから、秋以降、急激に悪化の様相を強め、雇用情勢も、今後さらに危機的な状況に陥ることが懸念されている。
 先般、小泉内閣は「改革加速のための総合対応策」を決定、これに基づき金融庁が「金融再生プログラム」を策定し、日銀は日銀当座預金残高の目標値引き上げを実施した。しかしながら、内閣の方針はあくまで「デフレやむなし」を前提とし、国民各層にただ我慢を強いるものであって、デフレそのものの解消をめざすものではない。
 小泉内閣は「構造改革なくして景気回復はない」をスローガンに掲げているが、デフレ解消と景気回復なき構造改革は、健全な産業・企業をも破綻に追い込み、わが国の発展基盤の崩壊と国民生活の破局を招く危険性すらある。政府はただちに以下の政策を断行し、デフレの解消と景気回復によって、雇用と生活の安定を図り、そのなかで、不良債権処理をはじめとするわが国に山積する構造諸課題の解決と、産業の再生に邁進すべきである。
1.名目GDP成長率を少なくとも2〜3%に回復させるべく、大幅な量的金融緩和政策を継続的に実施していくこと。
2.所得税制において、住宅ローン利子所得控除制度、教育費支出所得控除制度を導入し、国民購買力を喚起すること。なお、政府として国民に行政改革の強化を約し、今後の行政改革の成果によって、減税財源を捻出する「行革減税」として、実施すること。
3.財政赤字の拡大が、民間の消費マインド・投資マインドを冷え込ませる傾向にあることから、景気回復策として従来型の公共支出拡大を行わないこと。実施する公共事業についても、経済全体への影響を十分に精査すること。
4.金属労協の提案している、雇用保険の抜本的拡充、「コミュニティ・スキルアップ・カレッジ」の全国展開、「美しい日本再生事業団」の創設など、雇用にかかわるセーフティーネット構築を早急に行うこと。
5.わが国の長期的発展に不可欠な、ものづくり産業の国内生産基盤強化に向けて、高度熟練の技術・技能の継承・育成、新分野開発を促進する規制の整理・撤廃、エネルギー・輸送分野をはじめとする産業インフラコストの内外価格差是正などを推進すること。
以上、決議する。

2002年12月3日
全日本金属産業労働組合協議会
第45回協議委員会

2000年のときの量的金融緩和は、コンピューター2000年問題に対応するため、2002年春の量的金融緩和は、同時多発テロ、年度末対策、大手銀行のコンピューターシステム不安に対応するために実施されたものですが、理由はどうあれ、マネタリーベースの拡大が景気回復に直結することは、これらの事例を見れば明らかです。
マネタリーベースを拡大しても、銀行は貸出を拡大させず、国債の購入に走っている、との指摘があります。現実に銀行の貸出残高が減少を続け、一方、国債の保有が大幅に拡大しているのは事実ですが、市中にある国債が巨額であるとはいっても、無尽蔵に沸いて出てくるわけではないので、銀行が国債を買おうとすれば、国債を保有している誰かから国債を買うことになりますから、銀行に国債を売った売主には現金が回り、売主は売った代金で株式など他の金融資産を購入することになります。従って、たとえ銀行が貸出を増やさず、国債を購入したとしても、マネタリーベース拡大はそうしたルートを通じて実体経済に影響を与えることができます。マネタリーベースの推移と景気動向指数の動向を比べてみると、マネタリーベースを先行指標として、ほぼ同様の動きを示していることがわかります。(図表26)

とはいえ、マネタリーベースの拡大が、かつてに比べて実体経済に影響を与えにくくなってきている、いいかえれば、実体経済を動かすために、従来とは比較にならないくらい大量のマネタリーベースの供給が必要になっていることは事実です。しかしながら2002年に入って以降、それまで低下を続けてきたマネタリーベースに対する名目GDPの比率(名目GDP÷マネタリーベース)が下げ止まりを示すようになってきています。この比率がどんどん下がっていく状況では、マネタリーベースを増やしてもなかなか名目GDPの増加につながりにくいわけですが、比率が下げ止まれば、マネタリーベースの増加が名目GDPの拡大に効きやすくなる、ということになります。
これを例えると、
○燃料パイプ(金融システム)に穴があいているために、エンジン(経済)を動かすためには、従来以上の燃料(マネタリーベース)を送らざるを得ない。
○いったん燃料を送るのを止めて修理しろという意見もあるが、エンジンの息の根を止めれば墜落してしまうので、燃料を大量に供給しつつ、燃料パイプを修理しなければならない。
○これまでは、燃料パイプの穴は大きくなる一方だったが、ここにきてようやく穴の広がりが止まる状況になってきた。
という段階にあるといえます。
名目GDP成長率を少なくとも2〜3%に回復させるべく、いまこそ大幅な量的金融緩和政策を「継続的に」行っていくことが必要です。

C 景気回復のための財政政策は減税中心で、しかも将来の増税を約束する「多年度税収中立」ではなく、政府が行政改革の強化を国民に約束して、その成果によって減税財源を捻出する「行革減税」とすべきです。さいわいにも平均消費性向は、2002年6月以降、6カ月連続で前年を上回っており、所得の増加が消費の拡大に結びつきやすい、すなわち減税が景気回復効果をもたらしやすい状況になってきていると考えられます。
一方、公共支出については、財政赤字の拡大が民間の消費や投資を抑制するという影響があること、そうした影響のため、主要国で不況期にケインズ型拡張的財政政策をとる国はないこと、小渕内閣の時の公共支出拡大も景気の底支えになっておらず、むしろ財政赤字拡大に伴って、民間設備投資が縮小していること、などからすれば、従来型の公共支出拡大を行うべきではありません。実施する公共事業についても、わが国の潜在成長力を高めるものに特化するよう、十分精査すべきです。

D 一方、セーフティーネットとしての雇用対策については、政府がこれにお金を使わずして、ほかに何に使うのか、というくらいの気迫をもって、思い切った拡充を行う必要があります。
雇用保険見直しの議論を見ても、政府の対応は雇用保険財政の立て直し一辺倒で、失業者の方の本当に厳しい生活実態を見ようとしていない、と判断せざるを得ません。不良債権処理に伴って、今後ますます離職者の増大が予測されるところであり、金属労協として、
 ○雇用保険の抜本的拡充
 ○「コミュニティ・スキルアップ・カレッジ」の全国展開
 ○「美しい日本再生事業団」の創出
という雇用のセーフティーネット三本柱を提案しています。

金属労協の提案している雇用のセーフティーネット三本柱

<雇用保険の抜本的拡充>
完全失業率は既往最悪の水準が続き、失業期間の長期化も進んでいます。こうしたなかで、従来の失業率2%時代の雇用保険制度では、対応できないことは明らかです。従来の発想を根本的に転換し、給付期間の大幅延長を中心とした骨太な雇用保険への転換が不可欠です。
わが国の基本手当の最高給付期間が330日なのに対し、ドイツは104週、フランスは1,825日、スウェーデンは450日です。ドイツでは、その後65歳に達するまで、失業扶助手当が支給されます。金属労協は、中高年失業者については給付日数を2年程度としていくことが不可欠と考えます。
給付の拡大には、当然負担増が必要ですが、
○失業者の方の生活を、職に就いている者全体で支えていくという相互扶助の観点。
○リストラや雇用形態の多様化などによる企業の総額人件費の抑制・変動費化は、社会的コストを高めるため、企業としてその責任を負うべきであるという観点。
などから、政労使で適切に費用負担をしていくべきであります。
<コミュニティ・スキルアップ・カレッジの全国展開>
 失業を回避し、また失業状態から速やかに脱出するために、能力開発はきわめて重要です。若年失業者については、新たなスキルを身につける「職種転換型」の職業訓練が有効ですが、中高年失業者については、「職種転換型」の職業訓練を行っても、それに対する求人に多くを期待することはできません。中高年失業者に対しては、それまで培ってきた職業能力が時代遅れとならないようフォローし、情報やコンピューターに関するリテラシーを向上させるなど、現在の労働市場で受け入れられるようにスキルのブラッシュアップを図ることが、迅速な再就職に直結します。現在も失業者に対するスキルアップは一部で実施されていますが、規模はきわめて小さく、短期間です。
一方、失業者に対する職業紹介は、職業訓練と直結してこそ、個々の失業者に対し適切に対処できます。また職業訓練と職業紹介とがワンストップサービスで受けられるようになれば、失業者にとって利便性が大きく改善します。
金属労協は、スキルアップ型職業訓練、ジョブサーチ型派遣、職業紹介、雇用保険支給、起業支援などのすべてを取り扱う統合的なシステムとして、「コミュニティ・スキルアップ・カレッジ」の全国展開を主張しています。
<「美しい日本再生事業団(仮称)」の創設>
 公共事業の削減、不良債権の最終処理によって、深刻な雇用問題の発生が予想されます。しかしながら、建設業から他業種への転職は難しく、炭鉱の閉山、国鉄民営化に匹敵する重大な覚悟をもって、特別な雇用対策を行っていくべきです。
金属労協は、公共事業削減や不良債権最終処理による離職者が、他産業への雇用移動が不可能な場合には、国・地方自治体、関連業界が共同で費用負担し、運営する「美しい日本再生事業団(仮称)」を創設し、雇用移動を受け入れ、20年程度の期間をめどとして、小泉内閣も提唱している「美しい日本」の再生に向け、森林の保全、不法投棄対策、街並みや海岸の整美など、国土の美化・緑化・環境保全にかかわる事業を推進すべきであると考えます。

<資料>産別の一時金政策
          

1.電機連合の一時金政策

電機連合の一時金決定は、99年春季生活闘争から夏冬型年間協定方式に移行した。同時に6組合が業績連動方式に移行し、その後も多くの組合で業績連動方式に移行することとなった。こうした背景から、業績連動方式による導入組合と統一闘争との関係等を整理すべく、99年の第47回定期大会において、「新たな一時金政策と闘争のすすめ方」を提起した。
このなかで一時金に対する基本的な考え方を整理し、一時金が年間を通した生活費の重要な構成要素となっていることから、安定的要素を確保したうえで、成果配分の要素を加味することとした。生活保障要素を含め産別として全体的に確保すべき水準としての「安定的確保分」と、業績によって一定の幅でインセンティブの性格を持つ「業績による成果反映分」のトータルで水準決定することとしている。
要求基準設定の考え方としては、業績による成果反映分を含めて年間5カ月分を中心に一定のゾーンで設定することとし、電機産業全体でみて通常の業績と判断される場合は、年間5カ月を念頭に設定することとしている。
「安定的確保分」のうち生活費の固定的支出分(生活保障要素)に該当する部分を産別ミニマム基準として設定し、その水準を「4カ月」としている。産別ミニマム「4カ月」の根拠については、以下のとおりである。
@電機連合の「家計調査」や「生活実態調査」によると、生計費の固定的支出分が一時金収入全体の概ね60〜80%程度を占めており、特に家計が厳しい「家計やりくり世帯」(生活実態調査の家計収支感で「貯金の取り崩しなどでやりくりした」と答えた世帯)では、80%弱となっている。従って、「5カ月基準」を前提に考えれば、生活保障要素として4カ月程度が必要と考えられる。
A連合総研が98年2月に連合加盟組合1,096組合(回収716組合)を対象に実施した「賃金制度の実態と賃金政策に関するアンケート」によると一時金の中の「生活給部分」として確保すべき月数を平均すると4.14カ月となっている。

2.鉄鋼労連の一時金要求政策

鉄鋼労連は、2000年春闘より「新たな一時金要求政策」に転換し、一時金水準の決定要素を生活給的な部分と業績反映的な部分に切り分け、前者を「生活基礎部分」、後者を「成果還元部分」とした上で要求することとした。
「生活基礎部分」の水準設定については、鉄鋼労連が組合員を対象に実施している「家計調査」をもとにして、一時金においてどうしても家計からの支出が避けがたい固定的支出をとらえて年間120万円(月例基本賃金の約4カ月分)と設定した。この120万円を鉄鋼労連として獲得すべきミニマム目標としている。また、「成果還元部分」については、金額での世間相場到達を基本としながらも時々の環境条件によって決めることとしている。

一時金使途モデル(固定的支出のみ) (千円)
夏季一時金 冬季一時金 年間一時金
貯金・住宅積立
生活補填
ローン・借金返済
土地・住宅ローン返済
子供の教育費
固定資産税などの納付分
税・社会保険等の天引き分
7.5
169.5
50.2
236.2
54.8
22.7
60.8
6.7
163.7
55.0
258.3
68.7
22.6
60.5
14.1
333.2
105.2
494.5
123.5
45.3
121.3
601.7 635.5 1237.2
出所:「家計調査」一時金使途目的の97〜2001年の平均値
注 :対象者は、総合5社、核4人世帯(夫婦子2人)、持家者かつ住宅ローン返済者

また、業績連動型一時金決定方式は、この要求政策を制度として進化させたものである。すなわち「生活基礎部分120万円」をまず経営側に制度として認知させ、そのうえで、企業業績による成果還元を納得的に設計しようとしている。産別の要求基準では「相応の計上利益水準」の時には一時金の世間相場に到達するよう成果還元部分を設計するという考え方に基づいている。
制度導入がされた組合では、「生活基礎部分」の認知とその水準設定が重要な論点となった。組合の主張は「単独経常利益ゼロでも120万円」であったが、経営側はそれを正面から認めることに抵抗が強く、制度導入を優先する立場を相互に認め合っている。
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