スペシャル・レポート:世界一危険な仕事、船舶解撤の浄化
2015-12-15
この産業の労働者は危険で不安定な労働条件に直面しており、訓練や安全設備、医療サービスはほとんどなく、貧困賃金に甘んじている。インダストリオール・グローバルユニオンは、南アジアの解撤場で組織化を支援するためにキャンペーンを展開しており、海運業が盛んな国々の政府に対し、労働者の安全に責任を持つよう要求している。
有毒化学物質やアスベスト、油を扱うことの多い環境下で、労働者はブロートーチや大ハンマーを使って船舶を解体しており、作業に要する期間は6~8カ月、大型タンカーの場合は最大1年に及ぶ。クレーンの移動、鋼板の落下、ガス爆発、金属コイルの破損はすべて、常に解撤場につきまとうリスクである。12時間労働が標準で、日給は2米ドルしかない。
公式の統計はないが、地域の組合の推定では、バングラデシュ、パキスタン、インドの現場で毎年、数百人が死亡したり重傷を負ったりしている。組合やNGOによると、バングラデシュの実際の数字は報告件数の20倍に上る可能性がある。
世界の船舶は先進国の先端造船所で造られている。平均25~30年後に維持費が高くなり、船は廃棄物として売られる。70%以上の船が船舶リサイクル会社に直接、あるいはシンガポールやドバイのブローカーを通して売却され、最終的にインド、バングラデシュまたはパキスタンの海岸にたどり着く。
この3カ国の船の墓場で、労働者はまず再利用できる部品をすべて船から取り外し、エンジンや冷蔵庫、はしご、ガスボンベといった部品を地域で販売する川下産業に供給する。
続いて、巨大な遠洋定期船の解体作業が始まる。船舶解撤の利益の8割前後が鉄鋼販売から得られ、鉄鋼は労働集約的プロセスによって手作業で切断される。
毎年約1,000隻の船舶(100総トン超)を解体
2014年に船舶の解撤・再生が行われた国は以下のとおりである。
> インド29.8%
> バングラデシュ24.2%
> 中国21.9%
> パキスタン18%
この危険な仕事を遂行しているのは出稼ぎ労働者、バングラデシュ、パキスタン、インドの貧しい農村地域出身の若者たちである。ほとんどの船舶解撤労働者は、雇い主の人材斡旋会社に故郷の村から解撤場へ連れてこられるまで、一度も海を見たことがない。労働者たちは解撤場に隣接するごく簡素な宿泊設備に住み、たいていきれいな飲料水も適切な衛生設備もない環境で生活し、多くの場合、地方都市へ行ってみることもない。
バングラデシュの船舶解撤組合指導者のナジム・ウディンは言う。「職場で発言権がないので、日常的な虐待がまかり通っている。船舶解撤労働者は悲惨な状況にあり、賃金は日払いで、仕事がなければ収入もない。有給休暇はまったくなく、ボーナスも給与金も雇用保障もない」「ここでは過去2カ月に8人の労働者が死亡した。使用者は労働者の遺族にいっさい補償金を支払わない。最高裁は亡くなった労働者それぞれの遺族に50万タカ(6,400米ドル)の補償金を支払うよう命じたが、使用者はこの判決を尊重していない」
組織化が鍵
このような状況下における労働組合組織化は困難ではあるが、極めて重要である。インドの加盟組織SMEFIはインダストリオールの支援により、世界最大の船舶解撤場アランを組織化している。インダストリオール加盟組織はバングラデシュとパキスタンの現場を組織化しているが、現地の組合組織率は非常に低い。
ムンバイとアラン(インド)の世界最大の船舶解撤労組の指導者であるV・V・ラネー造船部会副部会長は、次のように述べた。「チッタゴン船舶解撤場も、私たちが現地の労働者を組織化する前はアランと同じような状況だった。私たちはバングラデシュの船舶解撤労働者を支持する」と。
ムンバイの有力な港湾労組が隣接する船舶解撤場にターゲットを絞って組織化した2003年、初めてインドの船舶解撤労働者の労働組合化が成功した。この組合は組合員を勧誘する前に、船舶解撤労働者に飲料水と救急箱を提供した。1日12時間労働にもかかわらず、使用者はこのような設備を提供していなかったのである。
ムンバイの船舶解撤労働者は現在、同労組が導入してくれた最も重要な改善として、職場における発言権の獲得、安全衛生に対する意識、労働法に対する意識、必需品の提供、使用者による保護具の提供を挙げている。
同労組は2004年からアランに組織化の焦点を絞り、680キロメートル北のはるかに大きいムンバイの現場と同様に、インド西海岸でも組織化を成功させようと努力した。
この組合は1年かけて調査し、労働者に必需品を提供したうえで組合員の勧誘に着手した。飲料水、救急車、基本的安全衛生、救急訓練を提供し、労働者との定期会合を開いた。
労働者は失業を恐れているため、組合は当初、アランの現場で献身的な活動家を確保するのに苦労した。組合員数が総勢1万5,019人となった今、解雇の心配はない。
同労組が解撤場で実現した最も重要な実績の1つは、新規組合員の血液検査を行い、組合員証に血液型を記載するようにしたことである。労働者は、これが事故発生時に極めて重要な情報となる場合が多いことを知っている。組合員証は通常、労働者が持っている唯一の身分証明書でもある。
この組合がムンバイ、アラン両方の現場に導入したもう1つの重要な制度は、新規労働者全員を対象とする基本的な安全衛生訓練の実施である。
ムンバイの使用者の多くはアランでも活動しているが、どちらの現場でも当局が土地の大部分を所有し、船舶解撤請負業者に貸与しているため、政府による監視が厳しい。バングラデシュとパキスタンでは造船所の多くが個人所有である。
環境侵害
乾ドックで船舶解撤作業を行えば、船舶から発生するすべての汚染物質を安全に排出・処分することができるが、乾ドック施設の建設には多額の投資が必要となる。トルコでは小型船舶が乾ドックで解体されている。
アランでは、満潮時に船を砂浜に引き上げて解体している。これはバングラデシュ・チッタゴンの解体方法よりも環境への侵害が少ない。チッタゴンでは、浜辺の海上で直接船舶を解体しているため、油や化学的毒素がベンガル湾に流れ込んでいる。
インド海運省は現在、環境保護運動家から圧力を受けて、ムンバイ船舶解撤場の閉鎖を検討している。しかし、この有力組合は、解撤場の労働者全員が他の場所で同じ賃金の雇用を保障されるまで閉鎖してはならない、と主張している。
環境保護運動家は労働組合とともに、政府と海運会社に圧力を加え、香港条約への支持を要求すべく助力している。この条約が遵守されれば、環境だけでなく労働者の安全衛生も大幅に改善するだろう。
パキスタンの危険な解撤場
パキスタンのガダニ解撤場は世界で3番目に大きい現場で、平均1万~15,000人の労働者を雇用している。通常、労働者は週7日、多くの場合1日少なくとも12時間は働き、有給休暇も給付もなく、月給は生活賃金の半分の1万2,000パキスタン・ルピー(113米ドル)である。
ガダニには安全設備がほとんどない。訓練は実施されず、きれいな飲料水も救急箱もない。船で切断作業を行う労働者は昇降設備も安全ベルトも支給されず、その結果、労働者が甲板から浜に落ちる事故が多発している。アスベストや有毒化学物質が広く使用されているが、安全に処分されていない。
インダストリオールに加盟するNTUFはガダニ解撤場で年間最大19件の死亡事故を報告しているが、実際の件数ははるかに多いと見られる。50キロメートル以内に機能的な病院はない。組合の報告によると、労働者は組合に加入すれば解雇されることを知っている。
香港条約の実現を目指すインダストリオール・キャンペーン
国連の国際海事機関(IMO)は2009年、船舶の安全かつ環境上適正な再生利用のための香港国際条約を採択した。この包括的な条約が適切に実施されれば危険な船舶解撤作業の安全性がはるかに高まるので、インダストリオールは同条約の批准を求めて運動している。
この条約の労働安全衛生条項には、船舶における危険性物質の管理や、船舶解撤現場でのリスク管理、労働者向けの安全訓練と防護用具の確保が盛り込まれている。
条約発効のために満たさなければならない条件は、15カ国が批准し、批准国が世界の商船の40%をカバーすることである。現在のところ、ノルウェー、コンゴ、フランスしか批准していない。まだ完全に批准しているわけではないが、イタリア、セントキッツネービス、トルコ、オランダも署名している。
第1の条件よりも、第2の条件の達成の方が難しい。総トン数で世界の船舶の40%を占める国々の批准を達成するには、日本や韓国、中国のような主要造船・船舶解撤国と、5大オープン・レジストリー国であるパナマ、リベリア、マーシャル諸島共和国、シンガポール、バハマのうち1カ国以上の支持が必要である。船主は便宜置籍を利用して上記5カ国の1つで船舶を登録し、規制や税金を回避している。
アランにある船舶リサイクル施設のうちの2社、KalthiaとPriya Blueは2015年9月、香港条約への適合証明を発給された。
条約が実施されれば、すべてのIMO加盟国は、条約に従う解撤場で船舶をリサイクルしなければならない。
強力な造船労組は、連帯の精神に則って、また持続可能な造船業には持続可能な船舶解撤が必要であることから、船舶解撤労働者を支持している。
インダストリオール加盟組織は、日本、オーストラリア、ドイツ、デンマーク、ノルウェー、インドで、政府による香港条約の批准に向けたロビー活動を主導している。
2014年11月のインダストリオール造船・船舶解撤世界会議では、19カ国から集まったこの部門の組合が、香港条約の批准を求めて運動することを決議した。
この決議は以下の事実を踏まえて採択された。
「南アジア地域の船舶解撤場では毎年、何百人もの船舶解撤労働者が重大な業務災害で命を落としている。職業病の発生はほとんど知られていないが、極めて高いと思われる。ほとんどの労働者にとって、60歳まで生き延びることは夢にすぎない」
このキャンペーンは2015年5月のインダストリオール執行委員会で本格的に開始された。そして、2015年11月にチッタゴンのインダストリオール造船・船舶解撤アクション・グループ会合で、香港条約の批准に関する世界的行動へのコミットメントが再確認された。
松崎寛インダストリオール造船・船舶解撤産業担当部長は、この産業の浄化キャンペーンを調整している。船舶解撤産業の浄化キャンペーンとして、「この産業全体が、安全・健康・清潔で持続可能な雇用に対する権利を労働者に提供する責任を負っている。私たちは解撤場で強力な組合を構築し、容認できない労働条件に反対しようと決意を固めている」「インダストリオール・グローバルユニオンは、すべての国際海事機関(IMO)加盟国が、今すぐ船舶の安全かつ環境上適正な再生利用のための香港国際条約を批准するよう要求する!」ことを打ち出している。
工藤智司インダストリオール造船・船舶解撤共同部会長(基幹労連委員長)は、日本におけるロビー活動を主導している。工藤氏は2015年9月、太田昭宏国土交通大臣(当時)に直接、日本政府による香港条約批准の推進を求めた。大臣は、日本は条約を批准すると前向きに対応した。
IGメタル沿岸地域支部は2015年9月、ドイツ政府に行動を求めた。同労組のマインハルト・ガイケン地域書記は、ハンブルクで造船所労働者に支持されながら、目立つように大きなプラカードに書かれた要求をドイツの海事調整官に手渡した。ウベ・ベックマイヤー政務次官は、香港条約の速やかな批准の達成を書面で約束した。
オーストラリアの加盟組織AMWUは、香港条約を支援するために政府に働きかけ、オーストラリア労働党内部で決議案を提出した。
デンマークでは、COインダストリがデンマーク船主協会と連携して2015年9月、デンマーク環境・食料大臣に書簡を送り、可能な限り早く香港条約を批准するよう政府に求めた。
この書簡はデンマーク政府に対し、EU加盟国とともに、香港条約の批准をめぐる南アジア諸国との対話を主導することも促している。
アラン船舶解撤労組もインド政府に批准を働きかけている。この問題は10月7日のディーセント・ワーク世界行動デーに、同労組の一般向けキャンペーンの中心的要求となった。
インド政府は日本の政府と企業からも条約の批准を求められている。適切な廃棄物処理施設を備えた半乾ドックなど、アランの解撤施設を改善するために日本から資金が提供されている。2015年初めにアランを訪れた日本の政府当局者、労働組合、海運業界代表および専門家から成るハイレベル代表団は、「インドに香港条約批准の用意があるなら日本は力になれる」と述べた。
2015年11月にはインダストリオール代表団がバングラデシュ工業省と会談し、条約の批准を求めて働きかけた。V・V・ラネー副部会長はキャンペーン要求を手渡し、こう説明した。「バングラデシュによる批准は、すべての当事者に相互に利益をもたらすだろう。海運会社は責任ある方法で船舶をリサイクルするよう強い圧力を受けるようになっているため、香港条約の遵守はバングラデシュの解撤場に投資や安全衛生訓練、ビジネスをもたらすだろう」
同省の長官は代表団に対し、2015年末に船舶リサイクル法が議会に提出される予定であり、条約の批准につながるだろうと語った。
その他いくつかの国々の政府も批准を目指して努力している。欧州連合内部でも、ベルギーはじめヨーロッパ諸国政府による批准を求めて、圧力が強まると予想される。ヨーロッパの船舶は世界の船舶の20%を占めており、ほとんどがバングラデシュで解体されているという。
中国とトルコには、すでに条約の技術的要件にほぼ適合する船舶リサイクル産業があり、両国は批准に近づいている。
ユルキ・ライナ・インダストリオール書記長は、このキャンペーンを優先している。「南アジアでは13万人の労働者による造船作業の大部分が、時代遅れの条件のもとで行われている。香港条約の採択から3年が経過していながら、3カ国しか批准していないのは恥ずべきことだ。主要造船・船舶解撤国がまだ批准しておらず、これらの国々が批准するまでキャンペーンは終わらない。もちろん、世界一危険な仕事の浄化を目指す私たちのキャンペーンの目的は、この条約の批准を達成することだけではない。インダストリオールは産業全体で組合の強化に取り組んでいるが、香港条約によって状況が変わるだろう」
韓国の労働組合代表団はスイス滞在中に、ジュネーブに本社を置く世界第2位のコンテナ輸送会社で、HHIの主要顧客であるMSCとの会談も求める予定である。