スペシャル・レポート:ロシアに対する包括的制裁――なぜミャンマーは制裁を受けないのか?
2022-06-01
【JCM記事要約】
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ミャンマーの労働組合が軍事政権に対する包括的経済制裁を要求しているにもかかわらず、多くの世界的衣料ブランドが同国からの調達を続けている。ミャンマーの人権侵害への国際社会の対応は、ロシアの状況とまったく対照的である。
スペシャル・レポート
『グローバル・ワーカー』第1号(2022年6月)より
国:ミャンマー
文:ウォルトン・パントランド
2021年2月1日の軍事クーデター以降、ミャンマーの軍事政権は、ミシェル・バチェレ国連人権高等弁務官が「戦争犯罪と人道に反する罪に当たるかもしれない」と述べた人権侵害を犯している。「ミャンマー国民が被っている国際法違反の驚くべき幅広さと規模を考えれば、毅然とした統一的な断固たる国際的対応が必要だ」と彼女は付け加えた。
1万人を超える政治犯(組合活動家を含む)が拘留されており、労働活動家54人を含めて、少なくとも1800人の民間人が軍事政権によって殺害された。インダストリオール・グローバルユニオン加盟組織のミャンマー製造労働者連盟(IWFM)を含む16の組合と連合団体が活動を禁止されている。
にもかかわらず、まだ多くの世界的衣料ブランドが平常どおり業務を行っている。ウクライナ侵攻から数日のうちにロシアを去ったブランドは、ミャンマーにとどまる口実をいくつか挙げているが、最も一般的なのは、自分たちは善を促進する力であり、「強化されたデュー・ディリジェンス」の実施によって労働者を保護することができる、という主張である。
労働者と労働組合員にとって、状況は非常に厳しい。ILOの推計では、22万人の衣料労働者が失業した。そしてIWFMの見積もりによれば、一時閉鎖や一時解雇、減産によって、さらに12万人が職を失った可能性があるが、これは失業者数では報告されていない。
クーデター前に労働協約で保護されていた組織労働者が解雇され、何の権利もない臨時労働者と入れ替えられている。IWFMは、労働者が補償なしで解雇されたり、治安部隊が工場長から詳細な個人情報を引き出し、組合指導者を逮捕するために自宅に押しかけたりした事例を数多く確認している。抗議中の労働者が撃たれたり、労働者が不当に解雇されたり、組合指導者が脅迫され、治安部隊の標的にされたりする事件が発生している。
IWFMのオルグや教育担当者、交渉者、指導者は軍につけ狙われている。ほとんどの衣料労働者の日給が現在1.80米ドル未満であり、軍のために働くことを拒否したために、数十万人が公共部門や病院、学校、大学、鉄道会社から解雇された。
IWFMはILOへの書簡で次のように述べた。
「軍事独裁政権下では民主的労働組合が自由に活動できないので、労働者の権利を適切に保護することができません。それでもなお、私たちは2021年、構築した対話メカニズムを通してブランドと協力することによって労働者の保護に努めました」
「丸1年の交渉で得た経験から、欧米ブランドが労働者の権利を保護できないことは今や明らかです」
アディダス、H&M、C&A、テスコ、ベストセラー、インディテックスといったブランド向けに生産している工場(多くの場合中国系)で、数々の事件が報告されている。IWFMはこれらの違反をブランドに提起しており、解決された事件も少なくない。だが、軍事独裁政権ではデュー・ディリジェンスが不可能なので、工場が申し立てをはねつけ、未解決の事件もある。IWFMは、労働者が現状について嘘をつかなければ解雇すると言って脅されたり、軍に銃を突きつけられて報酬の返還を強制されたりした事例を確認している。
労働組合が自由に活動できず、デュー・ディリジェンスの実施が不可能であるため、ミャンマーの組合は、この国は巨大な奴隷労働収容所になる恐れがあると考えている。ミャンマーの労働運動は2021年夏、包括的経済制裁を要求し、軍事政権の資源、特に外貨を枯渇させることを優先しなければならないと主張した。
インダストリオールは2021年9月の大会で制裁要求を支持し、ミャンマーで活動している企業に書簡を送付、民主主義と労働基本権が回復するまで事業活動を停止するよう求めた。その後、ボルタリア、ポスコ、テレノール、トタル、シェブロン、シェル、ウッドサイド・ペトロリアム、ブリヂストンなど、多くの企業がミャンマーから撤退。トタルは、人権侵害が増加しているため、もはやこの国に積極的な貢献を行うことができないと述べた。
しかし、ほとんどの衣料メーカーがミャンマーにとどまっている。新規注文を出さないと約束したメーカーもあるが、生産サイクルの関係で、多くの企業が2022年を通じて継続的に関与している。繊維・衣料産業はミャンマーにとって重要な外貨獲得手段であり、組合は時の経過とともに軍事独裁政権との協力が常態化することを懸念している。
衣料ブランドは、責任をもってミャンマーから撤退することは複雑な作業だと主張しているが、ロシアに関する経験から、政治的意志があれば迅速に行動できることは明らかである。世界的な制裁と一般大衆の幅広い怒りに直面して、例えばH&Mは、ウクライナ侵攻から数日のうちにロシアの全店舗を閉鎖した。同社は今もミャンマーから調達している。
最大の障害の1つは、ロシアの場合とは異なり、ミャンマーの状況と制裁の有用性をめぐっては国際社会で意見が割れていることである。軍事政権の国家行政評議会(SAC)は国際外交からますます分離されている(例えば、国連から信任状を与えられていない)が、ミャンマーの民主的亡命政権である国民統一政府(NUG)は、国際社会で合法政府として幅広く認知されていない。世界の労働組合運動は、NUGの外交的承認を求めるミャンマー組合の要求を支持している。
NUGは軍事政権に収入を与えないことの重要性を強調し、最近の声明で次のように述べた。「すべての企業がミャンマーの軍事政権にいかなる税金も支払わず、いかなる収入も与えないよう指示されていることを想起して欲しい。軍への支払いを回避できない場合、唯一の選択肢は、ミャンマーで民主主義が完全に回復するまで営業活動を中止することである」
ミャンマーで活動している世界的ブランドにとって、税金や織物輸入税、軍所有企業への光熱費、ミャンマーの2つの港(いずれも軍所有)の手数料の形で、軍に収入を提供することを回避するのは不可能である。
制裁を求めるキャンペーンを妨げる最大の障害はEUである。EUは現在、武器以外すべて(EBA)の貿易特恵プログラムによってミャンマーにEU市場への無関税アクセスを与えている。EBAはミャンマー経済に大きな利益を与えており、EUはミャンマーのアパレル輸出の過半を受け入れている。
EUは過去に制裁を利用してミャンマーに民主化を促したが、商業的利益からこのアプローチに反対する動きがあり、EUの現在の立場は、経済連携と建設的関与が前進するための最善の方法だというものである。これはヨーロッパがロシアの石油・ガスに大きく依存することになったものと同じ考え方である。ヨーロッパ大陸で戦争の脅威が現に存在し、大量の難民がEUに押し寄せているため、EUはロシアを経済的に孤立させるために迅速かつ力強く行動したが、ミャンマーは距離的に遠いため、同等の行動を起こすことを控えているようである。
EBAは当初、貿易によって民主主義を支援する手段として開発されたが、EUはグローバル・バリューチェーンでの廉価生産にばかりとらわれている。ミャンマーは衣料ブランドにとって非常に魅力的な投資先であり、各社はこの国に多額の投資をしている。EBA撤回の回避は、ドイツのデュー・ディリジェンス法やEU指令などの法体系の拡大と矛盾する。
ミャンマーの組合は、ウクライナ危機その他の問題が原因で、世界の関心が新しい話題に移ってしまうことを懸念している。軍は十分な時間を稼ぐことができれば、不正な選挙プロセスによって統治を強化・統合し、外交・経済関係の正常化に取り組むことができる。
ミャンマーでは平和的変革をもたらす余地が縮小しているため、多くの人々が武装闘争に加わっている。これは衣料ブランドに深刻な環境・社会・統治(ESG)リスクをもたらす。ブランド各社は戦闘地域での事業活動を選ぶことによって、人権デュー・ディリジェンスを示し、違反への共謀を避ける責任を負うことになる。ブランドは、評判の悪化、訴訟、OECD提訴、株主の抵抗に遭う危険がある。紛争の拡大が原因で、サプライチェーンが混乱するリスクもある。
アトレ・ホイエ・インダストリオール書記長は述べた。
「ミャンマーの状況は内戦に発展する恐れがある。軍が民間人に武力攻撃を加える状況が1年以上続いた結果、人々は現在、身を守るために武装勢力に加わろうとしている。これは変革のための民主的手段が閉ざされているからだ」
「包括的経済制裁は、ミャンマーに民主主義を取り戻すための非暴力的な解決策だ。世界的衣料ブランドがミャンマーで調達する期間が長くなるほど、ブランドの共謀が深まり、ミャンマーの苦しみが長く続くことになる」