2002年闘争ミニ白書

1.交渉をとりまく経済情勢
2.経営側の主張に対して
<資料1>JAM型ワークシェアリング第1案
<資料2>ヨーロッパにおけるワークシェアリングの事例
<補足>労働分配率をめぐる論点(JC ・FAX ニュース第4号)

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2002年闘争ミニ白書の発表にあたって

金属労協は昨年12月、第44回協議委員会において、2002年闘争に臨む金属労協の方針として「2002年闘争の推進」を決定、これに基づき、JC各産別はそれぞれ取り組みを進めつつあります。
この「2002年闘争ミニ白書」は、12月以降の経済動向、ならびに経営側の反応などを踏まえ、企連・単組における団体交渉に向けた基礎資料として作成したものです。
わが国経済は、まさに戦後最悪の不況下にあります。こうした状況を打開し、さらなる不況の深刻化、デフレスパイラル突入を回避するためには、政労使がそれぞれの責任と役割を果たしていくことが不可欠です。
政府としては、柔軟かつ万全な金融政策の実行と、雇用のセーフティーネットの抜本拡充が最大にして喫緊の課題ですが、労使としても、経済の「需要過少」状態からの脱却を図り、直面するデフレの解消に向け、努力していかなければなりません。
具体的には、闘争方針のなかで掲げましたように、まず企業労使が雇用維持・確保について協議・確認し、雇用不安を一掃することによって、消費マインドの改善を図ること、最低でも定昇をはじめとする賃金構造維持分を確保し、生計維持を図ること、そのうえで業績が比較的良好、あるいは生産性が向上している産業・企業では、きちんとベースアップを行い、消費回復の先導役としての役割を果たすことであります。
個人消費はこのところ一進一退となっていますが、今後、経営側がさらにリストラ、定昇凍結などという対応を進めれば、消費底割れは不可避であり、わが国はまさにデフレスパイラル、底なしの不況への突入という、新たな段階に進むことになります。
業績が極度に悪化しているところについては、個別の対応も必要となりますが、金属労協として、雇用維持型・短期対応のワークシェアリングについて、本文中で若干の考え方を整理しており、また近日のうちに、ワークシェアリング全般に対する考え方をとりまとめる予定です。ご参照を賜ればと存じます。
このミニ白書は、実際に団体交渉のための資料づくりにあたられる、企連・単組の書記長あるいは調査部長、賃金対策部長といったみなさまを念頭において作成しています。若干技術的な部分も含まれていますが、ご一読のうえ、それぞれの状況に応じてご活用ください。
2002年闘争において、これまで必死の努力を重ねてきた組合員のみなさまにとって、最善の成果が獲得されますよう、組合員ならびに団体交渉委員各位のご奮闘を心から祈念いたします。

2002年2月4日
  全日本金属産業労働組合協議会
(IMF−JC)
事務局長 阿 島 征 夫

1.交渉をとりまく経済情勢

1.戦後最悪の不況下にあるわが国経済

(1) 大幅マイナス成長の続くわが国経済
(2) アメリカ経済は底入れの兆し

2.デフレの動向
3.所得に敏感に反応する消費

(1) 家計調査の動向
(2) 販売統計の動向

4.量的金融緩和の効果

(1) 量的金融緩和の経過
(2) 量的金融緩和の効果

1.戦後最悪の不況下にあるわが国経済

(1) 大幅マイナス成長の続くわが国経済

@ わが国経済は、2000年10月以降、景気後退が続いてきました。名目GDP成長率で見ると、99年度にはわずかながらプラス成長(0.2%)だったのが、2000年度には△0.3%のマイナス成長となり、2001年度に入ると前年比で4〜6月期△1.8%、7〜9月期△2.0%とマイナス幅がさらに拡大しています。△2.0%は統計開始以来2番目に大きなマイナス成長です。(図表1)
 こうしたことから、2001年度全体の名目成長率としては、政府実績見込みで△2.4%となっており、統計開始以来最悪となることが確実となっています。民間調査48機関の予測の平均値は△2.53%と政府見通しを上回るマイナス幅になっており、まさに戦後最悪の不況といっても過言ではありません。
 なお、実質成長率の見通しは、政府が△1.0%、民間平均が△1.15%となっています。

A 2002年度経済については、名目経済成長率が政府予測で△0.9%、民間調査機関平均で△1.92%となっており、2001年度よりはやや改善するものの、依然としてマイナス成長が続く見通しとなっています。日経連も2002年度の経済情勢について、
2002年度の経済予測については、アメリカ同時多発テロの影響もあり、2001年度よりは改善するものの、依然として低成長にとどまると予測する経済研究機関が多い。(日経連・春季労使交渉の手引き2002年版P.11)

との判断を示しています。
なお実質成長率は、政府が0.0%、民間平均が△0.67%の見通しとなっており、政府予測では、実質マイナス成長が回避される状況となっています。(図表2)

B 個人消費の名目成長率は、2000年度に△1.3%と統計開始以来はじめてのマイナス成長を記録しました。2000年7〜9月期には前年比△3.0%という大きなマイナス幅でしたが、10〜12月期には、雇用者報酬がプラス1.3%と3年ぶりの高い伸び率になったことを反映し、個人消費も△1.5%とマイナス幅が縮小、2001年1〜3月期には△0.5%とさらに縮小しました。しかしながらその後は、4〜6月期△1.1%、7〜9月期△1.7%と再びマイナス幅が拡大しています。

C 設備投資は、2000年度に6.3%と3年ぶりのプラス成長に転じました。2001年度に入ってからも、4〜6月期2.5%、7〜9月期1.5%と引き続きプラス成長で推移していますが、成長率は鈍化しています。
 輸出は、2000年度に6.7%となり、3年ぶりのプラス成長となりました。しかしながら、輸入も11.5%の大幅拡大となったため、外需(輸出−輸入)は、前年比2割も減少(△20.9%)しました。2001年度に入ると、輸出が4〜6月期△3.0%、7〜9月期△8.5%とマイナスに転じており、このため外需も4〜6月期△71.4%、7〜9月期△61.4%と激減しています。

D 鉱工業生産指数を見ると、生産指数、生産者出荷指数とも2001年2月以降、前年割れが続いており、12月にはそれぞれ△14.9%、△14.0%と大幅マイナスを記録しています。しかしながら一方で、前年比プラスで推移していた生産者在庫指数が、2001年11月には△0.5%と14カ月ぶりにマイナスに転じ、12月には△1.6%とさらにマイナス幅が拡大しています。景気の先行きを示す指標として、今後の動向が注目されるところです。(図表3)

(2) アメリカ経済は底入れの兆し

@ 2001年3月に景気後退に転じたアメリカ経済は、9月11日の同時多発テロによってさらに追い討ちをかけられることとなりました。しかしながら、
○消費者信頼感指数(注)に持ち直しの動きが見られる。
○非軍需資本財受注や企業の景況感が急速に改善している。
○IT関連部門などで在庫調整が進んでいる。
○株価が11月にテロ事件前の水準にまで回復している。
などの状況も見られるようになってきています。
 1月30日に発表されたGDP統計によると、2001年10〜12月期には、実質経済成長率(前期比年率)はかろうじてプラス(0.2%)に転じました。これを受けて、連邦準備理事会の連邦公開市場委員会(日銀の政策委員会・金融政策決定会合に相当)も同日、「経済活動が底堅くなりつつある」「経済回復の見通しはより確実さを増している」との認識を示し、金融コントロールの指標であるFF(フェデラルファンド)レートを据え置きました。FFレートの据え置きは、同委員会としては2000年12月以来となります。
各調査機関の予測数値を集計した”Blue Chip Economic Indicators” 2002年1月10日号の「コンセンサス予測」によれば、2002年4〜6月期以降は2〜3%台の成長が見込まれています。

(注)アメリカのコンファレンスボード(経団連のような財界団体)が発表している消費者心理指標。現状と先行き指数の合成指標で、調査対象は約5,000世帯。アメリカではこのほか、ミシガン大学消費者心理指数(調査対象約500人)が有名。

A こうしたことから、わが国内閣府は2002年1月、「アメリカは、景気後退局面にあるものの底入れの兆しがみられる」との判断を示しました(月例経済報告2002年1月)。日経連も、
今回のテロ事件で予想されるアメリカ経済への影響としては、消費マインドの低下による個人消費の落ち込みが懸念される。ただし、その落ち込みは、継続的なテロがないかぎり、アメリカ政府の対応などにより一時的なものと考えられる。(手引きP.20)

 
として、内閣府とほぼ同様の判断をしています。

B このようなアメリカ経済の情勢や、1ドル=130円台という為替レートの状況を受けて、わが国の輸出について内閣府は、「IT関連需要の低迷などから大幅に減少していた電気機器や一般機械などの減少幅が縮小しており、下げ止まりの兆しがみられる」「アメリカ向け輸出は、自動車の増加により全体としても増加している」「アジア向け輸出は、このところ急速に減少幅が縮小している」と分析しています。
そして先行きについては、「世界経済の同時的な減速が長期化した場合、輸出を引き続き下押しする要因となるものの、為替レートの円安傾向や、世界的なIT関連の在庫調整の進展が我が国輸出を下支えする要因になるとみられる」との認識を示しています。(月例経済報告2002年1月)

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2.デフレの動向

@ 消費者物価上昇率は、2001年4〜1月の平均で前年比△0.9%となっています。4月から10月までは△0.7%ないし△0.8%で推移していたのが、11月に前年比△1.0%、12月△1.2%、1月△1.5%と3カ月連続でマイナス幅が拡大しています。(図表4)
国内卸売物価も同様の傾向となっており、2001年4〜6月には△0.6%ないし△0.7%で推移していたのが、7月△0.9%、8月△1.0%、9月、10月△1.1%、11月、12月が△1.4%とマイナス幅が拡大してきています。

A 一方、国全体の物価水準を示すGDPデフレーターは、94年度以降、97年度を除いてずっとマイナスが続いていますが、とりわけ2000年度には△1.9%と統計開始以来最大のマイナス幅を記録しました。しかしながら2001年度に入ってからは、4〜6月期△1.4%、7〜9月期△1.5%となっており、2000年度に比べてわずかではあるもののマイナス幅が縮小しています。

B 2002年度予測としては、消費者物価上昇率が政府△0.6%、民間平均△0.94%、GDPデフレーターが政府△0.9%、民間平均△1.25%となっており、引き続きデフレ状態が続く状況となっています。
  しかしながら、マイナス幅はやや縮小する見通しとなっており、とくに量的金融緩和が物価の面でどのよう効果を現すか、注目すべき状況となっています。

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3.所得に敏感に反応する消費

(1) 家計調査の動向

 総務省・家計調査において、全国勤労者世帯の名目消費支出の動向を見てみると、2001年4月から9月まで、6カ月間にわたって前年割れが続いてきましたが、10月には0.7%、11月には2.3%と2カ月連続で前年比プラスとなりました。7月に△4.5%と大幅なマイナスであった名目可処分所得が、8月△2.4%、9月△0.6%、10月△0.6%、11月0.3%とほぼ月を追って改善してきたことによるものであり、所得の改善が消費の改善に直結していることがわかります。平均消費性向も、前年に比べて10月に1.1ポイント、11月には1.6ポイント上昇しました。
 ところが12月には、一転して名目可処分所得が前年比△3.3%の大幅マイナスとなり、このため名目消費は△5.9%と可処分所得を上回るマイナスを記録、平均消費性向も前年に比べ1.3ポイント下落しました。
所得が改善すれば消費はそれ以上に改善し、所得が悪化すれば消費はそれ以上に悪化するという具合に、消費が所得の変化にきわめて敏感に反応するようになってきているといえます。とりわけ12月に、一時金を中心とした可処分所得のマイナスにより、消費のマイナスがきわめて大きかったことは、真剣に受け止める必要があります。
(図表5)

(2) 販売統計の動向

@ 家計調査における一進一退の動きは、販売統計でも裏づけられています。経産省・商業販売統計における小売業販売額は、2001年10月に前年比△4.7%だったのが、11月には△2.8%とマイナス幅が縮小しました。しかしながら、12月には△5.7%と再び拡大しています。
大型小売店販売額(既存店)も、10月の△7.1%から、11月には△0.7%と大幅に改善したものの、12月には△2.5%とやや悪化しました。このうち百貨店は、11月には前年比プラス2.5%だったのが、12月には△1.2%と前年割れになっています。ただしスーパーは、10月の△10.7%から11月には△3.3%とマイナス幅が大幅に縮小、12月も△3.6%とほぼ横ばいになっています。(図表6)

A 内閣府の景気ウオッチャー調査では、景気の現状判断(水準)D.I.を発表していますが、10月に21.9であったのが、11月23.6、12月24.6(対10月差+2.7)と改善傾向が続いています。なかでも家計動向関連D.I.では、10月23.7、11月26.1、12月27.9となっており、12月には10月に比べて4.2ポイントのプラスとなるなど改善幅が大きくなっており、同時多発テロ前の8月の水準(26.9)を超える状況となっています。(図表7)
  博報堂生活総合研究所が発表している「消費意欲指数」(注)でも、2001年9月以降前年割れが続いているものの、2002年1月には△2.6%と4カ月ぶりに小さなマイナス幅となっています。

(注)博報堂生活総合研究所が首都圏440人を対象に行っているアンケート調査。毎月、対象者に来月の消費意欲を点数(100点満点)で示してもらう。個別指標の合成ではなく、全体的な消費意欲のイメージをとらえているところが優れている。

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4.量的金融緩和の効果

(1) 量的金融緩和の経過

@ 2001年3月19日、日銀はいわゆる「ゼロ金利政策」に代表されるような、政策金利(無担保コールレート)の誘導を中心とするこれまでの金融政策運営を改め、
○金融のコントロールを、国債の売買を通じて日銀当座預金(銀行が預金払い出しの準備のために日銀に預けている当座預金)残高を管理することによって行う、量的金融コントロールに転換する。
○あわせて、この日銀当座預金残高を従来よりも拡大する。
という「量的金融緩和政策」に踏み切りました。

A 日銀が銀行から国債を購入すると、その代金が日銀当座預金に入金されます。「家計・企業・銀行が保有する現金と日銀当座預金の総額」をマネタリーベースといいますが、銀行はマネタリーベースの一部である「銀行が保有する現金+日銀当座預金」を法定預金準備率で割った金額だけ貸出を行うことができるので、日銀当座預金を増加させると、銀行は貸出を増加さることができます。貸し出した資金は、誰かの預金として銀行に戻ってくるので、銀行は戻ってきた預金を(法定預金準備として現金や日銀当座預金で残しておかなければならない部分を除いて)再び貸し出すことができます(=預金の自己増殖メカニズム)。銀行から貸し出された資金は、実体経済においては何らかの需要となるので、マネタリーベースの拡大は、需要(名目GDP)の拡大につながるということになります。
また日銀の購入によって、市中の国債が減少すれば、国債の金利が下がり、金利が下がると円安要因となって、輸出増につながるという側面もあります。
このように、マネタリーベースの動向は名目GDPを左右し、ひいては、日本全体の総額人件費の水準にも影響を与えるものですから、労働組合として常に注視していなければなりません。

B 99年1月から2000年10月にかけての景気回復が短命に終わった理由のひとつには、コンピューター2000年問題の発生に備えて99年末から2000年初に日銀が行ったマネタリーベースの大幅供給拡大が、景気回復を後押ししていたのにもかかわらず、2000年5月以降、日銀が逆にマネタリーベースを急激に絞り込んだ、ということがあげられます。2001年3月の量的金融緩和への転換は、こうした金融政策の失敗を修正したものといえます。

C しかしながら、3月19日の量的金融緩和では、
○日銀当座預金残高をそれまでの4兆円から5兆円に増額する。
○マネタリーベースの増加率を7%程度とする。
という内容に止まっていました。マネタリーベースの増加率は、従来5〜6%程度で推移していたので、7%ではこれに多少上乗せした程度にすぎませんでした。また、2%程度の名目成長を達成するためには、11%程度のマネタリーベースが必要とみなされていましたので、この点からも、3月19日の量的金融緩和は力不足といわざるをえませんでした。

 そして9月11日には、アメリカで同時多発テロが勃発し、経済活動に対する企業・消費者のマインドが急激に冷え込みましたので、2%の名目成長達成のためには、さらに多くのマネタリーベースが必要な状況となりました。(2001年7〜9月期のデータから推計すると13%程度)(図表8)

D こうしたことから、日銀は8月、9月、12月と3度にわたって追加の量的金融緩和を断行、12月19日の金融緩和では、日銀当座預金残高を「10〜15兆円程度」とすることを決定しました。
これら追加の量的金融緩和を反映し、マネタリーベース増加率は月を追って拡大しており、2001年10〜12月期には前年比15.6%(とりわけ12月には16.9%)と四半期としては1975年1〜3月期以来、四半世紀ぶりの高い増加率となっています。
(図表9)

(2) 量的金融緩和の効果

@ 量的金融緩和によってマネタリーベースを拡大しても、企業の資金需要が冷え込んでいるために、銀行の貸出が増えないのではないか、という見方もありましたが、国内銀行の設備資金新規貸出金の増加率を見ると、2001年1〜3月期には前年比で6.5%に止まっていたのが、4〜6月期には12.0%に拡大しており、量的金融緩和による貸出増効果は明白となっています。ただし、7〜9月期は同時多発テロの影響から5.2%に鈍化しており、追加の量的金融緩和が必要であったことを如実に示しています。(図表10)
銀行は不良債権の最終処理を進めていますので、「貸出残高」としてはなかなか増えてきていません。しかしながら実体経済に寄与するのは、あくまで新規の貸出ですから、新規貸出が増加するかどうかはきわめて重要といえます。

A なおマネタリーベースの動きは、実体経済面ではタイムラグを持ちつつ、機械受注に比較的よく反映されます。内閣府・機械受注統計(受注額合計)を見ると、2001年6月以降、前年比マイナスが続いており、とりわけ10月には△21.6%の大幅マイナスとなっていましたが、11月には△10.0%とマイナス幅が半減、季節調整済み前月比では18.8%の大幅プラスになっています。(図表11)

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2.経営側の主張に対して

1.大不況を回避するための負担の分かち合い

(1) 政労使の責任と役割
(2) 民間の努力で「需要過少」の解消を
(3) 総額人件費抑制では対策たりえず
(4) 経営側は総額人件費引き上げで経済再生のコスト負担を

2.賃上げに対する考え方

(1) 不見識な「ベアは論外」
(2) 横並びベアゼロの打破を
(3) 世界のトップクラスではないわが国の人件費
(4) わが国の高コスト体質
(5) 雇用のミスマッチ解消に向けて

3.賃上げと個人消費
4.ワークシェアリング
5.多様な雇用形態

(1) 勤労者の選択肢としての多様な雇用形態
(2) 多様な雇用形態の前提となる均等待遇

6.ものづくり産業こそが日本の礎

(1) 中国とわが国ものづくり産業
(2) ものづくり産業の再活性化に向けて
(3) 経営者よ正しく強かれ

1.大不況を回避するための負担の分かち合い

(1) 政労使の責任と役割

@ 前述のとおり、わが国経済はまさに戦後最悪の不況下にあり、これがさらにデフレスパイラルによる大不況へと突き進んでいくことのないよう、経済活動の主体である政労使が、なすべき責任と役割を果たしていかなければなりません。
日経連は、さる1月11日に発表した「2002年版労働問題研究委員会報告」などにおいて、わが国の抱える構造課題に関し、さまざまな指摘をしています。しかしながら、それらを解決する道筋として示している具体策は、残念ながら「総額人件費の抑制」以外には皆無、と断ぜざるをえません。
金属労協は、「労使による社会的合意形成」を提唱していますが、わが国としての今後の経済運営、産業活動、企業行動などのあり方について、労使が真摯に話し合い、社会的合意形成を図り、その具体化に向け努力していくことが、この「未曾有の危機」を打開し、大不況への道を回避して、わが国の再生を果たすために不可欠であると考えます。

A 政労使三者の果たすべき責任と役割として、まず政府は、早急にデフレ解消を図り、金融危機の発生を回避するための適切な金融政策運営を行っていくことが不可欠です。とりわけ、不良債権の最終処理の進展に伴って金融機関の損失処理の負担がかさんでくること、2002年4月に予定されているペイオフの凍結解除などにより、「2月危機」あるいは「3月危機」がマスコミにより喧伝されています。こうした風評を抑えるためにも、政府として、引き続き日銀が経済情勢に即応した適切な量的金融緩和政策を推進していくとともに、金融機関に対する公的資金の再注入を含む、柔軟かつ万全な金融政策運営を期していくことが不可欠です。

B また、失業率が5%を大きく超える(2001年12月5.56%)という危機的な雇用情勢に陥っていますが、金属労協がこれまで提案してきた雇用のセーフティーネットの三本柱、すなわち、
○求職者給付基本手当の給付日数を最長2年間にするなどの雇用保険の抜本的拡充
○スキルアップ型職業訓練、ジョブサーチ型派遣、職業紹介、雇用保険支給などのすべてを取り扱う統合的なシステムとしての「コミュニティ・スキルアップ・カレッジ」の全国展開。
○公共事業改革、不良債権の最終処理によって、関連業界において発生が予想される深刻な雇用問題に対応するための特別な雇用対策として、公的分野とは一線を画して国土の美化・緑化・環境保全にあたる「地域国土美化事業団(仮称)」の創設。
について、最高度の緊急性を持つ政策として、一刻も早く具体化していかなければなりません。

(2) 民間の努力で「需要過少」の解消を

@ 日経連は、
民間主導の経済体質の徹底が求められる中で、特に労使の責任は大きい。社会の安定帯たる役割を担う労使が協力して、この未曾有の危機を脱していかなければならない。(労問研P.1)


と指摘していますが、まさに民間主導の内需拡大こそ、労使の果たすべき喫緊の課題です。
 わが国経済に立ちはだかる当面の敵は、デフレ(継続的な物価下落)です。デフレは日経連が主張するように、
企業の売上高を抑制し、借入金などの返済負担や金利負担を増加させ、収益の減少や設備投資の鈍化を引き起こす。企業は賃金引下げや整理解雇などの人件費抑制策を選択せざるをえなくなり、最終的には家計へのマイナス影響が大きい。(手引きP.26)


ものであると同時に、わが国にとって不可欠な構造改革の痛みを増し、その推進を妨げる要因ともなっています。

A デフレは、基本的には中央銀行(日銀)から市場に供給される通貨が不足することによって発生する需要不足が根本的な原因ですから、量的金融緩和政策がまず第一段階の解決策となります。前述のとおり、量的金融緩和については、ようやく相当の水準まできていますので、これが効力を発揮するよう、今度は実体経済面での需要の後押しが重要となります。

B 現在のデフレは、グローバル経済化によるものであるから不可避である、との見方があります。グローバル化でデフレになるのならば、極端にいえば世界中でデフレになるはずですが、実際には、主要国でデフレになっているのは日本だけです。
ちなみに、国全体の経済規模(名目GDP)に対する輸入総額の比率(2000年)は、日本8.0%、アメリカ12.3%とアメリカの方が高く、名目GDPに対する中国からの輸入額の比率を見ても、日本が1.2%、アメリカが1.0%とさほどかわりませんが、アメリカの消費者物価上昇率はこの時3.4%でした。

C 一方、金属産業が供給する耐久消費財のうち、総務庁・家計調査(全国全世帯)において、購入数量が発表されている14品目に関し、消費者物価上昇率がマイナスに転ずる前の98年と直近の2000年について、この間の購入数量の変化と単価の変化の関係を見てみると、総じて購入数量の減少率が大きい耐久消費財ほど、単価の下落率が大きいという状況にあることが確認できます。個別の品目の価格動向を見ても、価格下落の原因が供給サイドにあるのではなく、需要サイド(需要過少)にあることは明らかです。(図表12)

D デフレについて日経連は、
規制改革や国内産業・企業間の生産性格差の是正などによってもたらされたものではなく、基本的には、供給過剰と需要過少によって生じたものである。(労問研P.2)


と分析していますが、問題なのは「需要過少」です。需要過少を解消するために、経営側として何をすべきかという点について、日経連は明確な姿勢、有効な対策を打ち出しているとはいえません。

(3) 総額人件費抑制では対策たりえず

@ 日経連が需要過少の解消策として主張しているのは、
○新事業の育成・創出による需要の創出(労問研P.2)
○雇用の維持・創出を実現し、雇用不安を解消すること(労問研P.28)
のふたつです。
前者については、需要の創出とはいっても、実際には供給サイドの対策です。いくら供給サイドから魅力的な商品・サービスが販売され、それに対する売れ行きが伸びても、需要サイドの拡大がなければ、それ以外の商品やサービスに対する需要が冷え込むだけです。そうした実例は、90年代における携帯電話の普及で十分経験してきたところです。

A 後者、すなわち雇用の維持・創出と雇用不安の解消は、需要過少の解消にとって、決定的に重要です。ところが一方で日経連は、
総額人件費の増加を防ぎながら生産性の向上をはかってこそ、雇用の維持・創出が実現できる。(労問研P.34)

と主張、雇用の維持・創出のためのさまざまな施策も、
生産性向上の範囲内で行なわれなければならない。(同)

との考え方を示しており、
○雇用の維持・創出と総額人件費の抑制を両立させる。
○そのために、「雇用形態の多様化」を図る。
ことを強く打ち出しています。

B しかしながら、
○基本的には、日本全体の消費水準(民間最終消費支出)は、日本全体の総額人件費(雇用者報酬)によって規定される。
○失業者が雇用者に転じれば、そのぶん消費は拡大するが、すでに職に就いている者については、失業不安の緩和による消費性向の上昇と、所得の減少や所得不安の拡大による消費性向の低下とが相殺されてしまう。
○雇用形態の多様化によってテンポラリー雇用が増大すると、テンポラリー雇用者は雇用リスクが高い(不安定雇用)ために、典型雇用者(正社員)が増えた場合に比べて(同じ所得ならば)消費性向が低くなる。典型雇用者も、テンポラリー雇用者の増加によって雇用不安やテンポラリー化への不安が高まれば、消費性向は低下する。
ということになり、雇用が維持・創出されたとしても、日本全体の総額人件費が増加しない以上、消費拡大効果は限られたものにならざるをえません。
前述のように、消費支出は一時の最悪の状況からは脱しつつありますが、名目可処分所得の動向を消費支出がより強く反映する、すなわち、可処分所得が改善すれば消費支出はより大きく改善し、悪化すればより大きく悪化する、という状況にあります。
今後、雇用調整が相次いだり、定昇の凍結が行われたりすれば、消費支出は即座に反応し、消費底割れに直結することは火を見るより明らかです。消費底打ちの兆しを労使で大事にし、本格回復の芽を育てていかなければなりません。

(4) 経営側は総額人件費引き上げで経済再生のコスト負担を

@ 日経連は、
労働分配率は、経済成長率と関連する指標である。両者には総じて負の相関関係があり、経済の規模が拡大すれば労働分配率は低くなりやすい。(手引きP.34)

と指摘しています。
「負の相関関係」にあるならば、景気後退、いわんや現在のような経済規模が縮小している場合には、労働分配率は上昇して当然です。本来ならば、不況期には労働分配率が上昇することによって、個人消費が底支えされ、景気の底割れを防ぐことができる(経済のビルトインスタビライザー効果)のです。

A GDPベースの労働分配率(雇用者1人あたり名目雇用者報酬/就業者1人あたり名目GDP)は、2001年4〜9月期(季節調整値)で65.8%となっています。これは99年度の65.3%、2000年度の65.6%に比べれば若干上昇しているものの、90年代以降では、この両年以外では最も低い水準であり、労働分配率は90年代を通じて低下してきた、と判断することができます。長期的に見ても、1960年代以来、戦後最長の景気拡大であった「いざなぎ景気」の末期を除けば、最も低いレベルであり、まさに歴史的低水準となっています。(図表13)
わが国が戦後最悪の不況下にある現状からすれば、労働分配率も戦後最高であって当然ですが、実際には逆に歴史的低水準となっています。これは企業が業績の悪化を、所定外賃金の減少、一時金減額、リストラなどによる総額人件費の削減によってしのいできたことの証左です。そしてこのことが、わが国の「需要過少」の最大要因であり、「失われた10年」の要因のひとつであることは明白です。

B 日経連はアメリカの労働分配率について、
経済の後退期でも好調期でも、労働分配率に大きな変化はない。これは、景気変動に応じて雇用調整が行なわれるためである。(手引きP.34)

と指摘しています。もし仮に、日経連がアメリカ的な景気変動に応じた雇用調整を望んでいるのだとすれば、いくら「雇用の維持・創出」を主張しても、まったく信用できないということになります。
いずれにしても、アメリカでは不況期に雇用調整を行うだけでなく、経済が拡大した時にはそれに見合った成果配分がきちんと行われているからこそ、好況時でも労働分配率が低下しないという側面があることを忘れてはなりません。

C GDPベースの労働分配率を国際比較してみると、製造業では日本の59.4%に対し、フランス63.0%、アメリカ64.5%、イタリア67.5%、ドイツ74.7%となっています(アメリカ97年、他は99年)。主要国のなかでは、わが国の労働分配率は飛び抜けて低く、わが国の人件費は割安であるといえます。
  日本、アメリカ、ドイツ、イタリアについて、金属産業の労働分配率を見てみても、日本の65.2%に対し、アメリカ70.1%、イタリア72.1%、ドイツ80.1%となっており、日本が最も低い状況にあります。(アメリカ97年、ドイツ98年、他は99年)
金属産業の労働分配率は、どの国も共通して全産業平均や製造業平均よりも高くなっています、ドイツでは、全産業平均と金属産業との差が16.4ポイント、イタリアでは12.1ポイントに達し、アメリカでも4.6ポイントの差があるのに対し、日本はわずか2.8ポイントときわめて小さな差に止まっています。(図表14)

D 日経連が、雇用の維持・創出のためにあくまで総額人件費を増やすつもりはないというのならば、それは企業が、わが国の経済再生のための負担を分かち合うつもりはないといっているのと同じです。日経連のこのような姿勢は、厳しい経済環境のなかにあっても、日夜、業績の回復、生産性の向上、新分野の開拓に向けた血のにじむ努力を重ねている勤労者を踏みにじるものであり、まさに言語道断であります。
経営側は、「フリーランチは食えない」のだということを認識し、総額人件費を引き上げ、労働分配率の上昇を甘受することによって、経済再生のコストを負担すべきです。

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2.賃上げに対する考え方

(1) 不見識な「ベアは論外」

@ 日経連は2002年闘争の賃金交渉にあたり、
国際競争力の維持という観点からは、これ以上の賃金引き上げは論外である。場合によってはベア見送りにとどまらず、定昇の凍結・見直しや、さらには緊急避難的なワークシェアリングも含め、これまでにない施策にも思い切って踏み込むことが求められる。(労問研P.54)

との方針を打ち出しています。すなわち今次闘争に際しては、
 ○ベア見送り
 ○場合によっては定昇の凍結・見直し
 ○さらには緊急避難的なワークシェアリング

 という三種の対応を提案していることになります。

A ベースアップは、個別企業労使が交渉のなかで論議を尽くして決定すべきものであり、経営者団体が「国際競争力の維持という観点からは論外」などと斬って捨てることができる筋合いのものではありません。経営者団体として、企業に対し交渉の拒絶を勧めるかのごとき物言いは、不見識極まりないといわざるをえません。

B また定昇についても、そもそも定昇は企業経営において年に一度実施することが織り込まれた制度であり、勤労者と企業の間で履行が約策された契約です。それを凍結するということがどういうことなのか、まったく理解に苦しみます。「経営の苦しい企業は電力料金を支払うな」と言っているのと一緒で、そんな理屈が通るわけがありません。
また「定昇の見直し」とは賃金体系全体の見直しにほかならず、労使で十分に時間をかけて検討を重ねるべきものです。賃金体系全体の見直しを行う場合には、毎年の賃金改訂交渉とは切り離して労使協議が行われなければなりません。

C 日経連は法定産業別最低賃金についても、「地域別最低賃金に屋上屋を架す産業別最低賃金も廃止すべきである」と主張しています。
 しかしながら法定産業別最低賃金は、産業小分類を基本として、18歳未満65歳以上の人や、清掃・片付けなど軽易業務等の適用除外を行うことで当該産業の「基幹的労働者の最低賃金」としての性格を持つものです。業種・業務・年齢等を問わず、あらゆる労働者に適用される地域別最低賃金とは性格の異なる最低賃金であり、屋上屋という指摘は誤りです。
法定産業別最低賃金は、不当な賃金ダンピングを防止し、産業の健全な発展を促すとともに、産業ごとに賃金の最低額を決めることで横断的に賃金を形成し、非典型労働者などをも含めた労働条件の安定を図っています。雇用形態が多様化するなかで、賃金のセーフティーネットとして、法定産業別最低賃金の役割はますます重要となっています。

(2) 横並びベアゼロの打破を

@ いずれにしても、ベアは論外などという方針は、日経連が自ら主張する
第1に、個別企業・産業レベルにおいて、自社・自産業の生産性の伸びに即した合理的賃金決定を貫徹することである。(労問研P.13)

という考え方とも、明らかに矛盾するものです。「横並び的賃金決定」を繰り返し非難する日経連が、むしろ自分から横並びベアゼロを主張することは、あまりにも節操がないといわなければなりません。

A たとえば、99年における金属産業全体の労働分配率(GDPベース)は、65.2%ですが、輸送用機械製造業は54.9%と際立って低い状況にあります。前述のとおり、金属産業平均の労働分配率は、全産業平均や製造業平均を上回るのが普通ですが、わが国の輸送用機械製造業は、全産業平均、製造業平均を下回っています。ここ数年のうち労働分配率がもっとも高かった97年(62.1%)と比べると、この間、付加価値生産性(就業者1人あたり名目GDP)は12.5%も増加していますが、雇用者1人あたり名目雇用者報酬の増加率は、逆に△0.5%のマイナスとなっています。(図表15)

B いまなすべきことは、まず第一に、経営側が企業内における雇用を維持するという決意を断固として示すことです。雇用安定宣言なり、労使共同宣言なりを締結することは、雇用不安の解消という点できわめて効果的であるといえます。
そして少なくとも、定昇を含む賃金構造維持分を確保することが不可欠です。これらの対応により、勤労者の雇用不安・所得不安を解消し、消費マインドの改善を図るべきであります。
そのうえで、業績順調あるいは比較的業績の落ち込みの少ない産業や企業、生産性が向上し、あるいは生産性に比べて賃金水準が低い産業・企業においては、ベースアップを着実に実施することによって、消費の本格回復の先導役としての役割を果たしていくことが望まれます。

(3) 世界のトップクラスではないわが国の人件費

@ 日経連は、
わが国の賃金水準は世界のトップクラスに達し、労働分配率も急激に上昇しているため、わが国産業・企業の国際競争力をコスト面で大きく殺いでいる。デフレ傾向が続く中で、わが国企業はコストを下げきれず、収益は長期にわたって低迷している。(労問研P.54)

などと主張しています。
 しかしながら、わが国の賃金水準は新興工業国や発展途上国に比べれば高いものの、先進国のなかではむしろ中位にすぎず、とても世界のトップクラスとはいえません。

A 日経連のデータでは、2000年における製造業・生産労働者の時間あたり賃金は、日本を100とするとアメリカ79、ドイツ90となっており、日本は両国を大きく上回っています。
しかしながら、日経連がこの主張の根拠としている図表(労問研P.14)には、かなり問題があります。この図表は、日本の「実労働時間あたり賃金」と米・独の「支払対象時間あたり賃金」とを並べたものであり、米・独の数値はそもそも定義上、日本よりも低いデータということになります。ちなみにアメリカの「実労働時間あたり賃金」は「支払対象時間あたり賃金」の1.089倍、ドイツは1.218倍となります。(コラム参照)
また、国際競争力の観点から人件費をコストとして比較するのならば、賃金だけでなく、企業の社会保障負担、福利厚生なども含めた「時間あたり人件費」で比較すべきです。ILOの資料(1999KILM)によれば、製造業・生産労働者の現金給与総額に対する現金給与総額以外の人件費の比率は、日本17.2%、アメリカ27.2%、ドイツ35.1%となっています。
労問研報告に示されている賃金データをもとに、これらの調整を行うと、2000年の製造業・生産労働者の時間あたり人件費は、日本を100としてアメリカ93.9、ドイツ125.7となり、日本はアメリカよりやや高いものの、ドイツに比べれば圧倒的に低いということになります。
 また最近では、円の対ドルレートが低下していますので、直近の為替相場(1ドル=133.03円)で換算すれば、アメリカの比率も115.9となり、日本よりもかなり高くなっています。(図表16)

B ILOの資料(1999KILM)によれば、オーストリア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、ドイツ、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、スイスなどが、日本よりも時間あたり人件費の高い国ですが、注目すべきは、これらの国々でも、製造業の企業が高い国際競争力を保持し、国内の生産基盤を維持し続けているということです。
たとえば、VW(ドイツ)324,402人、フィリップス(オランダ)219,429人、ボッシュ(ドイツ)196,880人、ABB(スイス)160,818人、エリクソン(スウェーデン)105,129人、BMW(ドイツ)93,624人、エレクトロラックス(スウェーデン)87,128人、ノキア(フィンランド)60,289人、ボルボ(スウェーデン)54,266人、アウディ(ドイツ)49,396人、SKF(スウェーデン)40,401人といった従業員を本体で雇用しています。(資料出所:日本経済新聞社「外国会社年鑑2002」)

C 現在の企業業績の不振には、金融環境、政府の失敗、中国の台頭といった外的要因ばかりでなく、収益確保のための負担を総額人件費削減のかたちで一方的に勤労者に押しつけてきたという点で、経営側として反省すべき点があるのではないかと考えられます。日本企業でも、業績好調で国際競争力の強い企業には、格付機関からの批判にも負けず長期安定雇用を重視し、賃金水準も産業内で相対的に優位にある企業が目につきます。

支払対象時間あたり賃金と実労働時間あたり賃金

「支払対象時間」とは、日本的な表現をすれば、おおむね

所定労働時間−無給欠勤時間+超過労働時間

のことです。欧米の生産労働者は時間給が基本となっていますが、支給される賃金総額は、

{時間給×(所定労働時間−無給欠勤時間)}+(割増賃金×超過労働時間)+一時金

となります。この総額を

支払対象時間=所定労働時間−無給欠勤時間+超過労働時間

で割ったものが「支払対象時間あたり賃金」です。

一方、支給総額を、

実労働時間=所定労働時間−無給欠勤時間−有給休暇取得分+超過労働時間

で割れば、「実労働時間あたり賃金」ということになります。

すなわち、「支払対象時間あたり賃金」は、「実労働時間あたり賃金」に比べて、分母が「有給休暇取得分」だけ大きくなるので、金額が低くなってしまうのです。


(4) わが国の高コスト体質

@ 日経連は、
構造改革の最重要の目的は、民間主導の経済体制を確立し、参入規制の撤廃などによる公正な競争を通じて、わが国の高コスト体質を是正することにある。(労問研P.2)
わが国は高コスト体質であるため、生産拠点などの海外移転・産業空洞化が進みつつある。割高な賃金・物価は、海外からの対日投資をも妨げており、コスト面からみれば日本の劣位は明らかである。(労問研P.11)
国際的にみて高いわが国の賃金・物価水準を是正するためには、産業・企業間の生産性格差の是正が必要である。生産性の低い部門での生産性を超える賃金決定の繰り返しが高物価をもたらし、産業全体の賃金水準を押し上げている要因である。生産性に即した賃金決定を貫徹するとともに、低生産性分野の生産性向上と高生産性分野の創出・育成によって経済構造改革を進め、適正な競争が推進されれば、わが国の高コスト構造は是正される。(労問研P.1)

などと主張しています。
 確かにエネルギー分野などにおいて、国内の価格が国際的に見て異常に高いものがあります。例えば経産省調べでは、産業用電力はドイツの2.1倍、アメリカの4.4
倍、産業用重油はドイツの1.9倍、フランスの1.6倍、家庭用天然ガスがドイツの3.0倍、フランスの3.3倍となっています。(図表17)
そしてこうした高価格が、わが国ものづくり産業の国際競争力に打撃を与えていることは事実です。99年の通産省・工業統計表によれば、生産額に占める購入電力使用額は金属産業平均で1.1%となっており、なかでも鉄鋼業は3.6%、非鉄金属製造業は2.6%、金属製品製造業も1.4%に達しています。(図表18)

A エネルギー分野における異常な高価格の原因は、(今でも基本的には踏襲されている)総括原価方式に代表される高価格が設定できる料金制度、そして参入規制があるからです。こうした制度のために、金属産業の賃金水準をはるかに超える「生産性格差を反映しない人件費決定」が可能となったのであって、高賃金は原因ではなく、むしろ結果であるといえます。
経営側が、高コスト構造の見直しを主張するならば、まず第一に、エネルギー分野などにおける料金制度や参入規制などの抜本的な改革に正面から取り組むべきであります。そうした改革によって、公正な競争と価格形成が行われるようになれば、当該分野における賃金決定もそれを反映したものとなっていくはずです。


(5) 雇用のミスマッチ解消に向けて

@ 日経連は、
失業者のうち需要不足による失業は約4分の1であり、それ以外の4分の3は求職者側と求人側の「雇用のミスマッチ」による構造的・摩擦的失業であることを留意すべきである。このミスマッチとは、企業の求める人材と求職者の条件が合わないことをいい、具体的には年齢、技能、給与などの労働条件が折り合わないことを指す。雇用過剰の業種から雇用不足の業種へと人材が円滑にシフト(労働者の転職)できれば、雇用・所得の改善→消費マインドの高まり→個人消費の回復→生産の拡大→企業収益の向上→設備投資の拡大→GDPの増加という自律的景気回復につながりうる。(手引きP.14)
厚生労働省「職業安定業務統計」によれば、「求人充足率」が低下傾向にある。
(手引きP.15)
雇用のミスマッチの解消には、労働者の職業能力の向上と労働市場の機能強化の2つが不可欠である。まず、政府は労働市場の規制改革を徹底して円滑な労働移動を促し、民間のノウハウを活かした教育システムの整備をはかるほか、多種多様な人材ビジネス分野の成長を促進する必要がある。(手引きP.15)

などと主張しています。求人充足率の低下とは、企業が求人を出しても就職しようという人がいない、採用できる能力の人がいない状態が多くなっていることを意味します。

A 一方で日経連は、
事業構造改革にあたっては、雇用確保のためにも、高付加価値分野へ人材を移行させ、成果に基づいた処遇を徹底する必要がある。(労問研P.12)

とも指摘していますが、高付加価値分野への人材の移行とひとくちに言っても、一朝一夕にはできません。金属労協が提唱しているコミュニティ・スキルアップ・カレッジをはじめ、官民の枠、府省の枠を超えて教育訓練機関を総動員し、人手不足分野で活躍できる人材の育成、能力開発を進めていかなければなりません。
あわせて経営側としても、人手不足分野、高付加価値分野における賃金水準を引き上げ、そうした分野に関する能力開発の促進を図っていくべきであります。

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3.賃上げと個人消費

@ 日経連は、

日本の経済が現在の低迷から脱しうるかどうかは、GDPの約4分の3を占める民間最終消費支出、民間企業設備投資の動きにかかっている。(手引きP.12)

需要側では、企業の経営環境の悪化が雇用不安を、所得減少などが消費者心理を冷え込ませ、個人消費の低迷へとつながっている。(手引きP.23)


という認識を示しているものの、前述のとおり、消費拡大に対する有効な対策を打ち出していません。そして、
実質の消費支出は、必ずしも高い賃上げによって増大するものではないことが明らかである。消費は安定した雇用と物価水準の下で健全に増大する。したがって、失業や老後の生活の不安を取り除き、冷え込んだ消費マインドの改善をはかることが消費拡大に大きく寄与する。(手引きP.30)

 などと主張、賃上げの消費拡大効果を否定しています。
 雇用環境が個人消費に大きな影響を与えることは確かですが、だからといって当面の所得環境、すなわち賃上げ・一時金が消費に与える影響を否定することは、明らかに誤りです。
たとえば、日経連は「名目」の数値である春季賃上げ率と「実質」消費との相関関係が希薄であると主張していますが、名目と実質の相関関係はナンセンスであり、名目同士、あるいは実質同士で比較すべきです。
例をあげると、仮に1%のデフレ下において、名目賃金水準が変わらず、その結果、名目消費水準も変わらなかった場合、実質消費は1%のプラスになります。日経連の考え方では、名目賃金はプラス・マイナスゼロ、実質消費はプラス1%で両者は関係ないということになりますが、実際には、名目賃金がゼロだったから名目消費もゼロで、そのために実質消費がプラス1%になったのです。名目賃金と名目消費との関係を見るべきであることは明らかです。
名目賃上げと名目消費との関係を見れば、ほぼ完全な相関関係にあることがわかります。総務省・家計調査の全国勤労者世帯において、最近5年間(97〜2001年)の「世帯主の定期収入」と消費支出の名目増加率を比べてみると、その相関係数は実に0.95となっています。

A 日経連は「実質消費支出増減率と雇用者数の増減率の推移」を比較し、「実質消費支出と雇用との間に強い相関関係があることが読み取れる」から、失業不安を取り除き、冷え込んだ消費マインドの改善をはかることが消費拡大に大きく寄与する、と主張しています。(手引きP.30)
しかしながら、「手引き」に掲げられたグラフ(図表19)を見ても、雇用者数増減の「底」や「天井」は、つねに実質消費支出の「底」や「天井」の1年後になっていることがわかります。すなわち雇用を増加させるものは、まず何よりも消費支出を中心とする経済の回復であり、逆に消費支出などが悪化すれば、雇用情勢の悪化に結びつくということです。

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4.ワークシェアリング

@ 日経連は、ワークシェアリングを
労働時間を減らし、雇用を維持する方法(労問研P.31)
労働時間を短縮し、それに応じて賃金を縮減することによって、雇用の維持ないし新たな雇用機会の創出(労問研P.33)

であると定義しています。
現在ワークシェアリングについては、連合・日経連・政府が三者で考え方を整理しているところですが、金属労協としても、雇用維持型・短期対応のワークシェアリングおよび雇用創出型・中長期のワークシェアリングについて、基本的な考え方を検討し、2月中には一定の整理を行う予定で準備を進めています。

A しかしながら、雇用維持と称して労働時間短縮なしに賃金・労働条件の切り下げを行うことがワークシェアリングであるかのような混同が、一部で見られます。金属労協としては現時点において、とくに雇用維持型・短期対応のワークシェアリングについて、以下のような判断をしているところです。

○日経連の定義でも示されているように、労働時間が短縮されなければワークシェアリングではない。とりわけ中小零細で未組織の企業においては、ワークシェアリングの名のもとに、安易な賃金・労働条件の切り下げが行われる懸念もあり、注意が必要である。
○ワークシェアリングの採用にあたっては、産別の指導のもとに、十分な労使協議を行い、労使合意のうえで実施されなければならない。
雇用保障の具体的な姿が、明示されなければならない。
○労使協議にあたっては、経営情報の開示のもと、経営努力の検証、仕事量の見通しの確認などが行われなければならない。また労働密度の変化や組合員生活への影響などについても、検討される必要がある。
○ワークシェアリングの前提として、超過労働削減、年次有給休暇完全取得など労働時間管理が徹底されなければならない。
「時間短縮に応じた賃金縮減」が当然であるかの如き日経連の主張は、容認できない。

B 日経連はワークシェアリングにからみ、
ワークシェアリングの導入・普及を進めるためには、時間当たり給与の考え方(賃金は時間当たりで支払うもの)を、改めて検討する必要があろう。(労問研P.33)

と指摘しています。
同時に日経連は、「雇用のポートフォリオ」(後述)の考え方のなかで、
管理職・総合職・技術部門の基幹職 → 月給制か年俸制
一般職・技能部門・販売部門    → 時間給制

と主張していますが、一般職・技能職・販売職を安易に時間給制に変更することは容認できません。とくに月給制・年俸制、時間給制という区分は、歴史的に身分制度と密接に結びついてきました。わが国ではいま、所得・資産・教育などの点で格差の拡大、階層の固定化が懸念されるところとなっており、そのような流れを助長することのないよう、留意していかなければなりません。

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5.多様な雇用形態

(1) 勤労者の選択肢としての多様な雇用形態

@ 日経連は、
当面は、これ以上の失業の増大を回避するため、雇用の維持・確保と総額人件費の抑制を両立するための緊急避難的なワークシェアリングが必要になる。中長期的には環境変化や労使双方のニーズの変化に対応するための雇用形態の多様化を通じた柔軟なワークシェアリングが進展することとなろう。(労問研P.31)

と主張し、中長期的には、
ワークシェアリング=雇用形態の多様化
と位置づけています。
日経連が95年5月に発表した「新時代の日本的経営」では、
管理職・総合職・技術部門の基幹職  → 期間の定めのない雇用契約
専門部門(企画、営業、研究開発等) → 有期雇用契約
一般職・技能部門・販売部門     → 有期雇用契約

という「雇用のポートフォリオ」の考え方を打ち出し、いわゆる幹部社員以外の専門職、一般職、技能職については、テンポラリー雇用とすることを主張していますが、ワークシェアリングの流れのなかで、専門職、一般職、技能職のテンポラリー化を一層加速しようとしている、といえます。

A 雇用形態の多様化について日経連は、
企業が必要な人材を確保するには、勤労者のニーズに即した多様な雇用形態を用意し、勤労者の働き方の選択肢を増やす工夫が必要となる。もちろん経営効率の向上と雇用コストの軽減を同時に実現しなければならない。(労問研P.34)

と主張し、
○勤労者の働き方の選択肢を増やす。
○経営効率の向上と雇用コストの軽減。

を目的として掲げています。

B 今後「勤労者の働き方の選択肢」を増やすことは、きわめて重要です。ここで留意しなければならないことは、第一に、典型雇用を望む勤労者を、非典型雇用(テンポラリー雇用やパート・アルバイトなど)として雇用することになってはならない、ということです。あくまで「選択肢」を増やすのですから、典型雇用を望む者については、典型雇用で働けるようにしておかなければなりません。
  日経連は、
非正規雇用者が現在就いている雇用形態で働く理由については、契約社員は「専門的な資格・技能が活かせるから」(37.1%)、派遣労働者は、「組織にしばられたくなかったから」(26.8%)の割合が高い。(手引きP.57)

と指摘しています。
しかしながら、同じ調査(厚労省・平成11年就業形態の多様化に関する総合実態調査報告)において、「正社員として働ける会社がなかったから」という回答も、契約社員の29.3%、派遣労働者の29.1%に達しており、契約社員として働いている理由の2番目、派遣労働者として働いている理由のトップにあがっていることもまた忘れてはなりません。
  とりわけ若年層(15〜19歳)の派遣労働者では、88.5%が「正社員として働ける会社がなかったから」を回答としてあげており、若年労働者のキャリア形成、生涯生活設計という点で、きわめて憂慮すべき事態であるといわざるをえません。
 また、「正社員」で働いている人のうち、他の就業形態に変わりたいとする人は1.3%に止まっています。さらに、2001年8月の総務省・労働力調査特別調査によれば、失業者のうち派遣労働を望んでいる人は2.7%(女性3.7%)、失業者以外の非労働力人口(15歳以上で働いておらず、求職活動もしていない人)のうち、派遣労働ならば働くという人は0.2%とごくわずかです。

C なお、わが国では非典型雇用がすでに相当な割合に達していることも、非典型雇用の希望者の少ない理由になっている可能性があります。
日本労働研究機構「データブック国際労働比較」によれば、雇用者全体に占めるテンポラリー雇用者の比率(99年)は、日本11.9%、カナダ12.1%、ドイツ12.9%、フランス13.9%となっており、日本の比率は多少低めですが、2000年には日本は12.4%に上昇しており、また日本のテンポラリー雇用者の定義が、他の国に比べて狭いことを考慮すれば、実際には日本の比率は、これら諸国を上回っている可能性が大きいと考えられます。
就業者に占めるパートタイマーの比率も、日本24.1%、アメリカ13.3%、カナダ18.5%、ドイツ17.1%、フランス14.7%となっており、日本は飛びぬけて高い状況にあります。男子に限ってみても、日本13.4%、アメリカ8.1%、カナダ10.3%、イギリス8.5%、ドイツ4.8%、フランス5.8%で、同様の傾向となっています。(図表20)


(2) 多様な雇用形態の前提となる均等待遇

@ このような数値は、今後、経済情勢や非典型雇用に対する待遇・職場環境が改善すれば、変化することが十分考えられます。勤労者の選択肢を広げるためには、非典型雇用で働く勤労者が、公正・公平・安心感をもって働けるようにすることが重要です。
とりわけ労使で取り組まなければならない重要な課題は、典型雇用と非典型雇用との間における均等待遇の実現、すなわち「同一価値労働同一賃金」の適用と、無期労働契約の場合の典型雇用とパート・アルバイトとの解雇規制の同一化です。

A 完全失業率が急上昇するなかで、いわゆるオランダ・モデルが注目されています。日本とオランダでは国情の違い(たとえばオランダでは、製造業の比率が日本よりもかなり低い)もあり、オランダ・モデルをそのまま日本に移入できるとは考えられませんが、重要かつまた日本においても実現しなければならないのは、オランダでは典型雇用と非典型雇用において、「同一価値労働同一賃金」と解雇規制の同一化が実現されているとうことです。すなわち、オランダではパート労働というのは勤務時間の短い正社員である、ということになります。
なお均等待遇の実現により雇用の多様化が進んだ場合には、テンポラリー雇用の比率が上昇することによって、総額人件費の変動費化が進みますが、一方、短時間勤務も増えることから、総額人件費全体の水準としては、典型雇用中心の雇用システムよりもむしろ高くなるということは、経営側として十分認識しておくべきです。

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6.ものづくり産業こそが日本の礎

(1) 中国とわが国ものづくり産業

@ わが国のものづくり産業をめぐる国際環境の厳しさとして、中国の存在があげられます。中国は2001年12月、いよいよWTOに加盟しましたが、低廉な生産コスト、巨大な将来市場に加え、生産技術や製品の品質が急速に向上してきていること、IT分野でのめざましい人材供給が見られることなどから、中国が21世紀における「世界の工場」として、巨大な存在感を示すようになってきています。
丸紅経済研究所の集計によれば、99年の時点ですでにカメラ、電話機、エアコンが世界シェアで過半数を占めており、時計、モーターバイク、テレビ、冷蔵庫、粗鋼も、世界シェアトップに位置する状況となっています。

A こうした状況のなかで、わが国企業の対中国直接投資は、減少傾向をたどってきました。製造業の直接投資額は、95年度に3,368億円を記録していましたが、その後ほぼ年を追って減少し、99年度には603億円と、95年度のわずか17.9%に止まる状況となっています。投資件数でも、95年度の675件に対し、99年度にはわずか59件に激減しています。2000年度には、それぞれ840億円、86件に若干回復したものの、これは電機産業の投資額が357億円、99年度の約5倍かつピークだった95年度(904億円)のほぼ4割の水準に回復していることによるものであり、電機産業以外の製造業では、投資額は2000年度も引き続き減少しています。(図表21)

2001年度については、大幅に拡大しているものと見られますが、一方で、わが国企業の対中国ビジネスについては、
○これまでの競争相手であった欧米系企業に加えて、現地資本企業が急速に力をつけてきているため、品質、サービス、コストの面で日系企業が現地資本企業に太刀打ちできない分野が出てきている。
○日本企業が中国に直接投資する目的が明確でなかったため、中国の実情に応じたビジネスが展開できない企業が見られる。そうしたことなどから、日系企業が優秀な人材を採用しにくくなっている。
などの問題点が指摘されています。直接投資額の減少傾向は、そういった指摘を裏づけるデータのひとつであるといえます。

B わが国の貿易収支の増加率は、2001年に輸出が前年比△5.1%、輸入が3.6%となっていますが、対中国貿易だけを取り出してみると、輸出が15.0%、輸入が18.3%となっています。対中国貿易は、日本の大幅な貿易赤字(2001年3.3兆円)ですが、ここ数年、輸出入の増加率が比較的拮抗する傾向が見られるようになっています。
一方、「機械機器」の輸出入の状況を見てみると、対世界では2001年に輸出△7.4%、輸入2.2%となっています。対中国貿易では、輸出が14.9%に対し、輸入が28.6%となっています。輸出が大幅な伸びを示し、収支もかろうじて黒字(677億円)を維持していますが、輸入の増加率が輸出のほぼ倍近くになっていることはきわめて憂慮されます。(図表22)

C わが国金属産業における国内就業者数と、日系企業の海外従業員数とを比較してみると、国内就業者に対する海外従業員の比率は、91年に14.9%であったのが、2000年には28.3%と倍増していることがわかります。国内就業者の減少(△14.5%)と海外従業員の増加(62.2%)によるものですが、この傾向は金属産業の各業種にほぼ共通しています。
  しかしながら、地域ごとに見てみると、各業種によってかなり違いが見られます。たとえば、海外従業員に占めるアジアの比率は、電機産業では91年に70.1%ともともと高かったのが、2000年には86.0%とさらに高くなっています。これに対して、輸送用機械器具製造業では91年に54.0%であったのが、2000年には48.2%となっており、ほとんど変化していません。
  一方、北米・ヨーロッパの比率は、電機産業が91年の22.2%から2000年に10.9%と半分以下(人員数も18.6%減少)になっているのに対し、輸送用機械器具製造業は、この間31.2%から41.2%へと上昇しています。(図表23)
この要因としては、立地面でコストを重視する部分が大きい産業と、究極的には現地生産型の産業という違いもあるものと考えられます。

D 中国の賃金水準は、地域、産業、企業、職業などにより、ばらばらであると考えられますが、2000年における製造業の平均では、年収8,750元(約14万円)となっており、5年前(95年)の1.7倍となっています。とくに上海市では年収17,185元(約27.5万円)と全国平均のほぼ倍に達しています。今後、中国の為替レートが変動相場制に移行すれば、元高によるドル換算での賃金上昇という側面にも注意していく必要があります。(図表24)

(2) ものづくり産業の再活性化に向けて

@ グローバル経済下にあって、金属産業は貿易立国たるわが国の基幹産業として、産業経済と国民生活の命運を握っている、といっても過言ではありません。
とりわけ、ものづくり産業としての中国とのかかわり方は、わが国の将来にとってきわめて重大な意味を持つものであり、中国の経済発展がわが国ものづくり産業をたたきのめすのではなく、ともに補完しあい、共存する関係の構築をめざしていかなければなりません。
そのためには、まず何といっても、日本国内におけるものづくり産業の生産拠点の再強化、再活性化に尽きるといえます。
日経連はわが国が
「モノづくりを基軸に高付加価値産業を結集した科学技術立国」をめざすべきであり、ITなどを活用した最先端の技術に高度のソフト、サービス、コンテンツを統合した新たな分野・フロンティアを開拓しなければならない。(労問研P.16)

と主張していますが、この点では、われわれの考え方と合致しています。これまで蓄積してきた技術・技能、情報や知恵を継承・育成し、さらにITとの融合を図ることにより、世界市場をリードする製品を引き続き創出していかなければなりません。

A しかしながら、同時に日経連が主張する「雇用のポートフォリオ」、すなわち長期雇用は一部幹部社員のみ、専門職、一般職、技能職は有期雇用とするやり方では、ものづくり産業における技術・技能、情報や知恵の継承・育成を行うことは到底不可能です。
金属労協では従来より、長期安定雇用を基本としつつ、自らの希望によって転職する勤労者が、転職によって不利にならない雇用システムとして、「ヒューマンな長期安定雇用」を提唱してきました。
モノづくりの現場を支える人材を長期的視野に立って育成し、その質的水準の維持・向上をはかる。(労問研P.25)

ことは、この「ヒューマンな長期安定雇用」のもとでのみ、実現できるものです。
経営側も「ヒューマンな長期安定雇用」を基本とし、勤労者の選択の幅を広げるためのルールづくりを労使共同で進めていくよう、姿勢を転換すべきです。

(3) 経営者よ正しく強かれ

@ 日経連は、
競争力の維持・向上のために事業の再構築が不可欠であるが、実行を誤ると従業員のモラールを低下させ、企業経営に必要な(人的)資源までも喪失する恐れがある。もちろん事業再構築に名を借りた安易な雇用調整は許されるべきではない。日経連は、かねてより経営道義の高揚を訴えてきたが、現下のような時期にこそ、経営者は自らの姿勢を正し、経営責任を全うすべきである。(労問研P.20)

と主張しています。
経営者のモラルの低下が存在するとすれば、わが国産業経済の健全な発展にとって、きわめて憂慮すべきことといわなければなりません。また、産業・企業の業績や生産性を無視して、一律に「ベアは論外」、場合によっては定昇凍結も、というような姿勢では、業績回復、生産性向上に向けた従業員のモラール維持を図ることは到底不可能です。

A 戦後最悪の大不況を打開し、日本経済の再生を図り、さらにわが国産業が世界市場のなかで冠たる地位を占めていくために、経営側は
企業の経営資源の中で、もっとも重要なのは人材である。(労問研P.52)


との基本的な考え方に立脚し、
株主の利益を重視しつつ、従業員など、各種の利害関係者にバランスのとれた配慮ができる企業経営が重要である。(労問研P.20)
人的資源しかなく、かつ若年労働力の供給が大幅に減少するわが国においては、労働市場の観点からも、人材が確保できる魅力ある企業経営をめざさなければならない。
(労問研P.21)

という主張を、具現化していかなければなりません。いまほど、


経営者よ正しく強かれ

という日経連のスローガンが、求められている時はないといえます。

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< 資 料 1>

JAM型ワークシェアリング第1次案
(JAM第5回中央委員会/2002年1月17〜18日)

JAM型ワークシェアリングは、労働者が仕事を分ち合うことによって、労働者、企業、政府が雇用を維持する取り組みである。企業は、雇用を維持するとともに、労務費用の一部を負担し、政府は奨励金(仮称)を負担し、労働者は収入の一部を負担することによって仕事を分ち合うことになる。

1.1日あたりの労働時間短縮によるワークシェアリング
 開始条件付の労働協約として整備する。
 <協定事項>
@期間中、希望退職者募集、整理解雇を行わない。実施期間は、最長3年とする。
A必要人員と削減すべき労働時間および仕事量の変動予測を明確化する。(毎月翌月分を協議)
B協定の停止、変更は30日前に通知、協議する。
C対象範囲は、職種、事業所ごとなど、各単組の実態に合わせる。
D1日あたりの労働時間を短縮する。1時間あたり5%の範囲で日額を減額する。この減額は他の労働条件(退職金・一時金等)に影響させない。
(注) 1日8時間の協定労働時間を7時間にして、その1時間の賃金について60%を企業が負担をし、40%を労働者が負担をすると、
     日額の減額率は、(1時間÷8時間)×(40%÷100%)×100%=5%
      となる。60%は、労基法の休業手当60%の考え方の延長による。
(注)1時間短縮で日額5%減額、2時間短縮で10%の日額減額との考え方。

E法定時間を超える時間外労働は行わない。法定労働時間内の時間外労働については、時間外割増率を適用しない。
F1日の労働時間を短縮した後、変形労働時間制を活用する。
G作業効率を高め、仕事量の変化に対応するために、1日または複数日単位のシフト制を活用する。
 <政策・制度要求>
○企業の負担分に対し、国の「ワークシェアリング奨励金」(仮称)を求める。

2.一時休業制度によるワークシェアリング
  一時休業制度をさらに活用し、雇用の維持を図る。

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< 資 料 2 >

ヨーロッパにおけるワークシェアリングの事例
(JC国際局まとめ)

フランスの週労働35時間制
ドイツ金属労組の時間短縮
フォルクスワーゲン社のワークシェアリング
フォルクスワーゲン社の「5000×5000」モデル
オランダにおけるパートタイム労働

フランスの週労働35時間制

フランスでは、法定労働時間の短縮は、政府が週労働時間を39時間から35時間へ削減するとの発表を行った1997年以来雇用政策の中心となっていた。98年6月、企業もしくは産業分野レベルでの週35時間労働導入の交渉を労使に奨励するオブリ法が可決された。続いて2000年1月、新しい労働時間制度に関する詳細な条項を定めた第2次オブリ法が可決され、これらの法律により、21名以上規模の事業所には2000年2月から、20名以下規模の事業所には2002年1月から、週35時間労働が導入された。
第2次オブリ法では、99年6月以前に従業員全員もしくは一部に適用される週労働時間を少なくとも10%(35時間もしくはそれ以下)削減した協約を締結し、従業員を6%以上増やした企業に対して、5年にわたって社会保障拠出の減額が適用される。労働時間が削減された初年度は時短された従業員1人あたり9,000フラン減額され、以降1年毎に1,000フランずつ減額金額は少なくなる(2年度は8,000フラン)。また99年7月以降に締結した企業は初年度が7,000フラン、2年度が6,000フラン、3年度が5,000フランで、以降5年度まで同額が減額される。さらに、時短幅が大きい場合や労働時間削減に伴う新規雇用の数や内容によって拡大される。たとえば15%の時短かつ9%以上の雇用の増加が見られた場合や、期間の定めのない雇用契約、若年層、障害者、長期失業者および生産労働者が従業員の60%を超えるような事業所の場合などである。これらの雇用は、少なくとも2年間は維持されなければならないとしている。
なお、これらの法に先立って、96年6月にロビアン法が施行されている。これは労使で合意された労働協約で労働時間を10%以上削減し、それに見合う新規採用を行った場合に、企業の社会保障拠出を7年間にわたり30%以上免除するもので、労働時間が短縮されている産業別協約を適用した企業にもあてはめられる。また、余剰人員を抱える企業が時短を行うことによって解雇を回避する場合にも適用される(防衛的適用)。
2001年11月に発表されたDARES(雇用省調査統計局)の調査結果によると、週35時間制を導入した企業のほとんど全部が従業員の(週あたり)賃金を維持している。この調査の対象となったのは、98年6月から2000年7月までに国と補助金協定を締結した23,000企業を含め、週35時間制へ移行した39,500企業であるが、この期間に、140万人の労働者が労働時間を短縮し、115,000人の雇用が創出もしくは維持された。
労働時間の短縮に際し、オブリ法が適用されている協約のうち、93.4%が完全な(週あたり)賃金保証を規定しており、一部を補填しているのは6.3%であった。この賃金保証の方法については、時間あたり賃金の引き上げが最も多く(協約のうち約60%)、一時金の引き上げが約25%で、利益分配を賃金保証に組み込んだかたちのものが5〜6%程度であった。

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ドイツ金属労組の時間短縮

ドイツのIGM(金属産業労組)の時短の取り組みは、84年2月より適用された産業別協約から始まった。この26カ月の協約では、85年4月よりそれまでの週40時間労働が、月例賃金の引き下げは行われずに38.5時間労働に短縮された。月例賃金補填のために時間あたり賃金が3.9%引き上げられ、これとは別に84年7月から3.3%、85年4月から2.0%、賃上げが行われた。これ以降も、時短によって月例賃金の減額は行われていない。
87年4月からの36カ月協約では、初年度は賃上げのみ1.5%であったが、2年度は週労働38.5時間から37.5時間への時短が行われた。月例賃金補填の賃上げは2.7%であり、さらに2.0%の賃上げが行われた。3年度は週労働37.5時間から37時間の時短(補填の賃上げは1.4%)、および2.5%の賃上げが行われた。
90年代に入ってからは、7次にわたって協約改定が行われたが、そのうち時短に関係する協約は92年4月適用の21カ月協約と、95年1月適用の24カ月協約であった。92年からの協約では、92年4月に5.4%の賃上げ、93年4月に週労働37時間から36時間への時短と補填のための2.77%の賃上げ、および3.0%の賃上げが行われた。95年からの協約では、36時間から35時間への時短(補填のための賃上げは2.86%)、および3.4%の賃上げが行われ、さらに11月から3.6%の賃上げが行われた。

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フォルクスワーゲン社のワークシェアリング

93年11月に合意された協約により、フォルクスワーゲン社は94年1月から2年間に限定し、週労働時間を36時間から28.8時間に7.2時間短縮した。これにより従業員102,000人のうち30,000人の削減が回避され、94年と95年の2年間については企業内の理由による解雇が回避された。
当初は93年10月にフォルクスワーゲン社の経営側から、会社再建策の一環として週4日労働というアイデアが出された。11月に入って労働協約に関する労使の話し合いがもたれ、IGMは企業からの拠出による月例賃金の確保を主張した。最終的には以下のようなかたちで時短と月例賃金の確保が達成された。
Fクラスの熟練労働者を例とした場合、月例賃金は4,099DMであったが、労働時間が28.8時間となるとそのままでは賃金は20%、820DMの削減となる。そのため、@年次特別一時金の12分の1(274DM)、A先に合意されている週35時間制到達時の賃金保証の前倒し、休養休暇の換算および企業からの拠出(204DM)、B休暇一時金の換算(158DM)、C93年11月の3.5%賃上げ(143DM)、94年の1%賃上げの前倒し(41DM)を原資として補填し、月例賃金が減少することを回避した。しかし年間収入で見た場合は、93年と比較した場合約16%の収入減となっている。
95年9月に締結された協約でも、96年1月以降の週28.8時間労働や2年間の雇用保証が継続されることになった。この協約で導入されたのは、労働時間配分に関する新たな規定である。これは経営協議会で合意された交代計画に沿って、週の平日(月曜日から金曜日)の4日もしくは5日間に、年間の労働時間計画の枠内で1日8時間まで、週あたり超過分最大10時間まで配分できるというものである。暦年の範囲で週28.8時間労働は遵守され、また工場別協約でその確保のために従業員ごとに労働時間の口座を設定できることとなった。
また超過労働に関する新しい規定も導入された。週単位での労働時間の超過について、原則的に有給の労働免除で調整することとなった。これにより、超過労働に対する手当は週35時間労働以降から適用の対象となる。なおこの協約では、4%の賃上げも行われた。

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フォルクスワーゲン社の「5000×5000」モデル

これは、フォルクスワーゲン社のミニバンを製造する新規のプロジェクトの立ち上げに際して、IGMがオート5000社との間で締結した協約を指す。この団体協約は4つの部分に分かれており、賃金・労働条件を定めた労働協約、資格制度合意、共同決定に関する合意およびフォルクスワーゲン経営協議会と共通の経営協議会設立に関する合意である。
協約では、このプロジェクト立ち上げ時点に3,500名を、後に1,500名を雇用し、さらに採用から6カ月後には期限の定めのない雇用契約へと移行する。労働時間については年間平均で週あたり35時間、週労働時間の最高は土曜労働も含み42時間に制限される。超過労働時間は基本的に労働免除で調整され、従業員個人に設定された「弾力時間口座」に年間200時間まで積み立てることができる。基本賃金は4,500DM、年間一時金の最低水準は6,000DMとなっており、ここには夜間交代手当、クリスマス手当、休暇手当も含まれている。月額の最低水準は5,000DMとなるが、これに日曜祝日の出勤手当や個人業績給や企業業績配分給付が付加される。IGMでは地域の金属産業の産業別協約と比べても遜色がないとしており、従業員の年間収入は、初年度が年間59,500DM、2年度は64,000DM、3年度は69,000DMになるとしている。
なお、これは新規に立ち上げられたプロジェクトで、新規雇用を創出したものであり、現行の従業員の労働条件の変更ではない。

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オランダにおけるパートタイム労働

労使は81年にパートタイムとフルタイム労働の平等処遇に関する全国枠組み協約に合意、産業別協約、企業別協約および個別の労働契約にこれを反映させてきている。また労使が参加している「労働財団」が、パートタイム労働の奨励を行っている。パートタイム労働の導入は、労働市場への女性参加の拡大、高齢労働者の就業促進、労働報酬の平等な分配、および失業の減少などを目的としている。
オランダではパートタイム労働に関する定義といったものはとくにないが、通常はフルタイム雇用の労働者の労働時間より短い労働時間で働くこと、とみなされている。雇用条件の面では、パートタイム労働者はフルタイム雇用の労働者と同様の処遇が法で定められており、広範囲な福利厚生が適用されている。
賃金では、パートタイム労働者は同様の仕事に就いているフルタイム労働者の時間あたり賃金と同額を支払われており、93年1月からはパートタイム労働者も全国最低賃金と同じ水準の最低水準の賃金が保証されている。
またパートタイム労働の時間に比例して有給休暇が取得できる。たとえばフルタイム雇用の労働者が年間20日の有給休暇であれば、半分の労働時間のパートタイム労働者は、年間20回の半日(パート労働者にとっては1日)有給休暇を取得できる。有給休暇の法定最低水準は年間20日であるが、団体協約では通常25日の場合が多い。その他、特別休暇や育児休暇についてもフルタイム雇用と同等に規定されている。
その他年金、社会保障、健康保険についてもフルタイム雇用の労働者と同等の処遇が規定されている

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